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【エッセイ】似たもの夫婦の、石川県の日本酒飲み比べ晩酌


 残業を終えて退社の準備をしていた時、「急遽残業になった」と夫からメールが入っていたことに気が付いた。
 夫婦共働きの我が家。二人とも残業になった日は、どちらか先に帰るほうがスーパーに寄ってお惣菜を買うというのが最近の暗黙のルールである。了解、買い物して帰るねと返信して私は自宅近くのスーパーに寄った。
 しかし、いつもならお惣菜が充実しているその店のお惣菜売り場は、昨日は売れ行きが良かったのかすでに棚は閑散としていた。
 ならば焼いてすぐに食べられる魚を買って帰ろうと鮮魚コーナーを見ると、北海道産の大きなニシンと宮城・亘理町のアサリが目に入った。
 アサリは小ぶりながら新鮮そのもので、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたパックの中から出してくれと訴えるようにパカパカ動いているのが見えた。30センチを超える立派なニシンもまた、銀色に輝いて見るからに美味しそう。
 アサリもニシンも、どちらも今が旬。しかもアサリは砂出ししてしまえば電子レンジで簡単に酒蒸しに出来るし、ニシンも塩を振って焼くだけで良い。今夜はこれにしようと買い物かごに入れた。
 ついでにお弁当用の野菜も買っておこうと野菜売り場に足を運べば、菜の花が並んでいた。宮城県産の、雪菜の花。こちらも春の味覚である。
 旬の味覚晩酌ならば日本酒も買い足しちゃえ。
 そう思いながらお酒のコーナーへ向かうと、つい先日noteでその名前を見たばかりの石川県金沢市「福光屋」さんのお酒が目に入った。

 今年に入ってから、我が家では石川県や北陸産のものを積極的に購入するよう心掛けている。
 1月1日に発生した能登半島地震を受けて、最初は応援の気持ちからの購入だった。けれど、購入を重ねるにつれて「美味しいから買う」に気持ちがシフトしている。
 特に日本酒。
 日頃から東北の美味しい日本酒の数々を味わってはいるのだが、石川県の日本酒もまた、美味い。

 即、買い物かごへ。

 レジ前に並びながら、帰宅後の段取りを頭の中で確認する。帰ったらまずはアサリをボウルに移して砂出しだな。ニシンは、先にグリルを温めてから塩を振ろう。いやその前にまずは鍋にお湯を沸かして雪菜の花を茹でる準備。雪菜の花を茹で終わってもニシンが焼き上がるまでは少し時間がかかるから、その間に明日のお弁当用のきんぴらごぼうも作れるかな。あ、日本酒は夫が帰ってくるまで隠しておこう。驚くかな?喜ぶだろうな。
 つい先ほどまでの仕事の疲れも忘れ、今宵の晩酌に思いを馳せる。
 美味しいもののことを考えるのは、楽しい。

昨夜の晩酌風景
宮城県産の雪菜の花に合わせたのは、福島・浪江町産の「浜の輝 たまねぎポン酢ドレッシング」
ビールは赤星でお馴染みサッポロラガー


 この日は、1本のビールを二人で分け合っていただいた後、日本酒へ。
 先ほど買ってきた日本酒で夫を驚かせよう。そう思って台所に向かったのだが、冷蔵庫を開けると、私が買ったものの他にもう1本、見慣れない日本酒があった。

 「なんか、見たこと無い日本酒が増えてる!」
 驚いた私がそう言うと、
 「さっき見たら、オレが見たこと無い日本酒も増えてた!」
 夫が笑いながら言う。 

 互いに買ってきた日本酒をテーブルに並べる。
 と、二人で顔を見合わせ、大笑いしてしまった。
 夫が買ってきた日本酒もまた、石川県のものだった。 


向かって右が夫購入 石川県羽咋市 御祖酒造「遊穂 生酛純米生原酒 能登の復興応援酒」
左が妻購入 石川県金沢市 福光屋「黒帯 悠々 特別純米」
ラベルを読むどんちゃん(我が家のマスコット土偶)
見せましょう 呑兵衛の底力を

 御祖酒造のお酒には、石川県酒造組合連合会のラベルが貼られていた。
 ラベルの空気やしわに、大変な状況の中でも急いで出荷しようと尽力された方々の思いが伝わってくるようで、ぐっとくるものがある。
 しかし、そんな思い入れ抜きに、単純に、美味い。

 「うわ、美味ぇ!」
 「めっちゃ美味しい!ヤバい、これ飲み過ぎるやつだ。」
 まず最初にいただいたのは、きりりと冷やした御祖酒造「遊穂 生酛純米生原酒 能登の復興応援酒」。
 フルーティーかつ米の甘みがふわりと口の中に広がる美味しさ。アルコール度数は17度と高めなのだが、やわらかな飲み口ですいすい進んでしまう。

 続いて、福光屋「黒帯 悠々 特別純米」。

 「あ、美味い!全然違う!」
 「わー!なんか、熟成したお酒みたい!」
 こちらは、どっしりとした美味さ。まるで熟成酒のような旨味と香りがたまらない。同じ日本酒とはいえ、先ほどのお酒とは全く違う味わい。だから日本酒は楽しい。
 こちらのお酒は常温で頂いてから燗をつけたのだが、これが大げさでなく極美味だった。旨味倍増。やわらかな甘味がより一層深みを増して、思わず笑みがこぼれる美味さ。


 日本酒を出すタイミングで、冷蔵庫で砂出ししていたアサリを取り出し、電子レンジで酒蒸しに。
 これがまた日本酒に合う。たまらん。

宮城・亘理町のアサリ


 「このアサリ、美味いな。」
 吸い込むように次々とアサリを食べながら、夫が言う。
 「亘理のだよ。買った時、すっごい元気だったんだよ。パカパカ動いてて。」
 手でアサリの動きを真似る私を見て笑った後で、
 「亘理、すげぇな。」
 夫は、しみじみとそう言った。
 イチゴの栽培と海産物が有名で、郷土料理の「はらこめし」や「ほっきめし」のシーズンになれば観光客で大賑わいの亘理町。
 けれど、そんな亘理町もまた、東日本大震災の時は津波によって大きな被害を受けた場所でもある。

 亘理町のアサリを味わいながら、石川県の日本酒飲み比べ。
 幸せなひとときを、夫婦でゆっくりと楽しんだ。


 能登、復興しますよ。絶対に。
 そのために、離れていても自分に出来ることを続けますよ。
 これからも、ずっと。


 そんなことを、あらためて思った昨夜の晩酌だった。



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