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母の短歌 廃棄せんと決めし自転車のペダルにも

 廃棄せんと決めし自転車のペダルにも
 深く染みいむ夫の足あと

休みの日によく父子して、自転車のペダルをこいで出かけた。手賀沼辺りのこともあったし、さらに利根川岸まで遠出したこともあった。ある時、父は、漕ぐだけ漕いだら、自転車を倒して草むらにバタッと寝ころんだ。父の心臓がバクバクと踊り出したのだろう。

また松戸の小金原へのこともあった。小金原の先は、昔住んでいた千駄堀が近く、そこには私の生まれた円能寺という寺があるのだが、不思議とそこに行くことはなかった。寺の務めを外され、松戸を出ることになったときの父の心情を「石をもて追はるるごとく」という啄木の歌と重なって想像してしまう。

父が亡くなり、誰も乗らなくなった自転車は、次第にサビがきて、廃棄された。思い出があるものを廃棄することは寂しい。母は、そんな父の思い出ある自転車をこのように歌った。この歌を口ずさむ度に父と自転車を走らせた時の情景が蘇ってくる。

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