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Lost Christmas 〜概念保全委員会活動記録〜 #パルプアドベントカレンダー2023


2023年12月9日。


 世界から、クリスマスの煌めきが消えかけていた。

 町中には、ジングルベルもイルミネーションもない。クリスマス商戦の匂いも漂わず、サンタクロースの影さえ映らない。
 なのに人々は、その異常事態に何1つ疑問を抱かない・・・・・・・
 世界は今日も、何事も無いかの如く回り続けている。

【――ゆゆしき事態だ】

 だが、そのとぼけた世界を見逃さぬ者が、北極にいた。
 土で出来た陸地が無い為グーグルアースにすら何も映らず、氷の上で白熊が寝転ぶだけの極限の地に、その秘密組織は建っていた。基礎も穿たず、どうやって自重を支えているかは全くの謎だ。
 全員訓練の手を止める。脳内に・・・流れる声を聴きながら、相変わらず『由々しき』を言い間違えてるな、と思っていた。
【クリスマス――いや、今の君達には何も分からない・・・・・・・のか。言い直そう。キリスト生誕に託けて、人類が年に一度心待ちにした祝祭が消えかけている。『アップダウン』と『ドール』は、私の部屋に来るよう。事は、一を争う】
 以上。
 それで脳内の声は止んだ。
 呼び出されなかった人達は、再度の言い誤りにツッコミを入れず鍛錬に戻る。

「……一を争う、だろ」
 コードネーム『アップダウン』。
 呼ばれた俺は、部屋の中をふよふよ浮く変化外装メタモルクローズを引っ手繰り、指示された部屋へ。
 走るに従い、首からかけたプレートタグが揺れた。
 揺れる度、嫌でもあの光景を思い出す。

 1789年、パリ。
 自分に覆い被さって死んだあの人を――。

 もう、あんなことは起こさせない。
 タグを握り、揺れを止める。
 目的の部屋に辿り着いた。『ヴィスタ・ハスタラのへや』と拙い字の刻まれた扉は、いつも通りノックも許さず、端から泡が弾ける様にぶくぶくと消えていった。
【お疲れ、『アップダウン』】
 脳内に声が響く。
 三つ目でディスプレイを忙しなく見回し、6対4本=24本の指でキーボードを叩く、宇宙人の男。口が無い為テレパシーで会話をする彼こそ、この組織――概念保全委員会(略称CCC)の長。
「お疲れ様です、ヴィスタさん」
 部屋に入り、挨拶を返す。背後でぶくぶくと扉が再構成される音が聞こえた。
【まー、座っててよ。直に『ドール』が来るからさ】
 『ドール』。
 そのコードネームに聞き覚えは無い。
 暫く単独で任務遂行していたとは言え、流石に全員のコードネームは覚えている筈だった。それでも知らないのは、恐らく新人だからか。
【『ドール』はね】
 打鍵しながら、ヴィスタさんは中間の目を俺に向ける。
【お察しの通り、この前採用した新人さ】
「見込アリ、ですか?」
【うん。頭の回転も問題なし。何よりやる気がある】
 やる気。
 漢字にすれば、宇宙人をる気。
 確かに、ある奴は誰でも歓迎だろう。CCCは、常に人員不足の問題を抱えているのだ。
 主に殉職によって。
 俺も、今から来る新人さえも、今日死んでもおかしくない――。

 扉がぶくぶくと弾ける音。

 振り向く。
 肩まで伸ばした金髪に、輝く碧眼の小柄な女性。変化外装メタモルクローズを肩に掛け、口にチュッパチャップスを差し込み、コロコロ鳴らしている。
「ちわーッス! シュトレ・ツッカー、只今到着したッス!」
【お疲れ、『ドール』。まあ、座ってよ】
 成程、コイツが『ドール』。
 ……既に頭痛がしていた。何というか緊張感がない。隣り合う死に対してあまりに鈍感過ぎる。
 思う傍で『ドール』が座ると、ヴィスタさんは任務説明を頭の中に伝え始めた。
【さて。既に伝えた通り、同胞コロブスによる攻撃を受けている。これから、西暦314年12月23日のローマ帝国に飛んで、カタコンベにいるコロブスを殺して欲しい】
「おおー! ローマ! いいッスねー!」
 ……目を輝かせるな、旅行じゃないんだぞ。
 思いながらも、溜息は呑み込んだ。今後の仕事の火種になる事は避けたい。

 ――コロブス
 その名の宇宙人に、地球は侵略されている。
 既に彼らにより、『ねずみ』と『いるか』という種族が殲滅されたらしかった・・・・・。今の標的は、俺達――人口80億の人類だ。
 どうもコロブスは、賢い種族から順に潰しているらしい。つまり人類は賢さでは3番目。
 ねずみやいるかとは、一体どれ程優れた種族だったんだろう。思いを馳せようにも、最早彼らを知る術は地球上のどこにも存在しない――。

【それと、『アップダウン』】
「はい」
【『ドール』は新人、これが初任務だ。三年も先輩の君から色々と教えつつ任務をこなしてくれ】
 しかし。3年か。
 幸運にも3年、生き残っていた。
 遂に後輩を持つ位置になった。なって、しまった。
 タグを握り締め、胸に手を当てる様にしてヴィスタさんに応える。
「分かりました」
 任務説明は以上。後はコロブスを殺すのみ。
「行くぞ、『ドール』」
「はいッス!」
 元気よく返事し、とてて、と素直に後ろをついてくる。

「ここが『転移室』だ」
 泡の如く弾ける扉の奥、大きなカプセルが幾つも鎮座する。
「このカプセルが所謂タイムマシンだ。原理は分からんが、これで時空を転移する――って、『ドール』?」
 予想はしていたが、彼女はチュッパチャップスを舐めながら、目を輝かせあちこち眺め回っていた。
「『アップダウン』先輩! これ、なんスか?」
 からころ、と口から飴の音を鳴らしながら、部屋の奥のケースを指差す。中には、4つのボタンがついたヘッドセットと、銃口の無い銃。どちらもヴィスタさんの発明品だ。
「それぞれ制脳解除器スクイラー壊銃アノンガンと呼んでいる。まずは1つずつ取って、制脳解除器スクイラーは頭に嵌めてくれ」
 『ドール』は言われた通り、制脳解除器スクイラーを頭に嵌めた。
 途端、ピクリと体を跳ねさせる。暫く黙ったかと思うと、顔を上気させた。
「何スか、コレ! すっごい!」
 ……何で興奮したかは察しがついたが、構わずカプセルを指差す。
「そしたら緑のランプの光るカプセルに入ってくれ。機能説明は転移中に説明する」
「……あの」
 『ドール』はおずおずと尋ねる。
 何だ、もしかして機能説明を今して欲しいのか? 理由が何であれ歓迎だが――。
「やっぱ『アップダウン先輩』って長いんスよね。もっと短い呼び方無いッスか?」
「……」
 期待した俺がバカだったよ。
「あ、でも。

死神』ってのもあったッスよね……呼ぶにはちょっと、ッスけど」

 そもそも何でこんな呼ばれ方するんスか? と『ドール』。
 ……そうか。
 その二つ名、知ってるのか。
 いや、知っているだろうな。口に戸は立てられない。
 それでも尚俺に付いて来るのは、その所以を知らないからか。
 仮にそうだとしても、説明する気は無い。
 それこそ仕事に――生死に支障をきたす。
 それにこんな事、抱えるのは俺一人で充分だ。
「……時間も無い。俺の事は好きに呼んでくれ」
 そう答えると、ぷくっと頬を膨らませて。
「む~。じゃあ、『先輩』で!」
 良いッスね!
 ビシッと指を俺にさしながら吐き捨てる。丁度飴は舐め終わった様で、棒をゴミ箱に捨て、カプセルの中に入った。
 漸く俺は溜息を吐く。

 ……しかし、先輩か。
 自分にも嘗て、そう呼んだ人がいた。
 よく晴れたパリ。
 革命の渦中、シャルルヴィル・マスケットの凶弾に斃れた先輩の姿がフラッシュバックする。

 ……タグを、いつの間にか握っていた。
 大丈夫。もう俺はあの時の『何もできなかった俺』じゃあない。

 やれるかじゃない、やるんだ。
 その言葉を思い出す。
 俺には、後輩を死なせない義務がある。

 装備品を装着。途端、脳内にアナウンスが流れる。先程『ドール』が興奮した原因はこれに違いない。
【――認証。No.97、コードネーム『アップダウン』。おはよう同志。本日も共にコロブスをぶち殺しましょう】
「言われずとも」
 物騒なアナウンスに応えつつ、カプセルの中へ。人一人が漸く立てる空間に直立する。
 扉が閉まると、いつも通りアホ程大音量のファンファーレと、陽気なアナウンスが脳内を流れた。
【グッモーニン、同志!転移準備はOKだなァ!じゃあ行くぜェ!しっかりコロブス殺して来いよォ!】
 ……やっぱり五月蝿え。

 そして。
 カプセルの床に穴が開く。
 その穴へ落ち、俺達は現代から姿を消す。


ワームホール内。
転速・毎秒7年にて転移中。


「うおーー!すげーーッスーー!!」
 変化外装メタモルクローズを被った『ドール』はやはりと言うか、はしゃいでいた。いきなり床に穴が開いてここに投げ込まれた割には平気そうだ。
 それでこそCCCの職員だ。
 ワームホールの内壁には周囲360度、歴史的風景が映り、次々未来の方角へ置き去りにされてゆく。冷戦を皮切りに、二度の世界大戦を筆頭とした爆殺、銃殺、謀殺などで国が亡興――人類は争ってばかりだな、と毎回思う。
「あ、先輩ー!」
 『ドール』が挙手をした。
 ワームホール内では特にする事が無い。寧ろ質問は歓迎だ。
「この制脳解除器スクイラー壊銃アノンガンの使い方、教えて欲しいッス!」
 ……あの名前を一発で覚えられるか。
 感心しながら、約束通り機能説明をする。
制脳解除器スクイラーは、装着している間、どんな言語も聴解する。4つ付いてるボタンは、赤が自分の話す言語の自動翻訳、黄は力、緑は五感の上限解放だ。青は脱出――押せば2023年に戻れる」
 ふんふん、と頷く『ドール』。
「対して壊銃アノンガンは、コロブスに撃てば奴らを爆散できる。それだけだ」
 ちなみに人間は爆散せず、体が吹き飛ばされるに留まる。それは『人間は殺さない』というヴィスタさんの設計思想の影響大きいだろう。
 答え終わった所で「はい!」とまた挙手。次は何だ――。
「コロブスって何でローマ帝国にいるんスか? 何してるか、全然分からなくて」
 ……素直に分からないと言えるのは良い事だ。
 だが、同時に納得した。
 それを知らないからこそ浮かれてるのか、と。
 CCCに所属して何故知らないかは小一時間問い詰めたい所だが、今はそんな場面じゃない。
 ――さて。
 コロブスは何故、西暦314年のローマ帝国に――より根源的には、俺達の過去に侵入・・・・・しているのか?
 その理由は単純明快。

歴史をぶち壊す為・・・・・・・・だ」

「……え?」
 ポカンとする。
 まあ、知らなかったら当然の反応だ。
「ど、どういう事ッスか?」
「それも説明したいが――」
 時間切れ。目的の314年が見えてきた。
「続きは向こうで、だな」
 壁の映像の中に手を伸ばす。指、手、腕、体が、徐々に呑み込まれる。
 そして、確定した筈の過去へ落ちてゆき――。


314年12月23日。
ローマ帝国へ着弾。


 トンネルを抜けると、ローマ帝国の首都、ローマだった。
 2、3階建ての集合住宅インスラがずらりと立ち並ぶ。流石は都市、人の往来はそこそこにある。
「ここがローマ、ッスか! もうちょい賑わってるイメージあったんスけどね〜」
「そりゃ人口が違いすぎるからな。現代と比べてやるなよ」
 人口の少ない要因の1つは、平均余命だろう。実際、往来する殆どが20、30代の若者だ――。
「そういや、先輩! いつの間にイメチェンしたんスか?」
 ……そうか。変化外装メタモルクローズの機能を見るのは初めてか。
「転移先の最も平均的な服装や人相に自動で変化する機能だな。これで怪しまれずに行動できる」
 東洋人の俺も、今や全身ローマ人宛らだ。
「ふーん……私も今、どんな姿してるんスかね~!」
 『ドール』はきょろきょろ辺りを見回す。鏡でも探してるのだろうか。
 この時代にありふれていない鏡を探しに、迷子になられても困る。
 ……任務を先に進めよう。
「まずは道を聞くぞ」
「了解ッス。カタコンベ、ッスよね」
 1度しか出ていなかったのに、よく覚えてるな。さっきも思ったけど、記憶力は良いのかもしれない。
 ――カタコンベ。
 元は埋葬用の地下空間だったが、一時期キリスト教を中心に宗教を地上の迫害から守った場所でもある。壁にはキリスト教の宗教画も描かれ、当時の宗教文化を知る上で重宝されてもいる。
「ってことは、いよいよ制脳解除器スクイラーの出番ッスね! 私、使ってみたいッス!」
「なら、ボタンを押してみてくれ」
 試す様にわざと色を指定しなかったが、迷いなく赤いボタンを細い指で押し込んだ。素直に凄い。
 次の瞬間。
Qui estどうッスか?」
 『ドール』の口から、きちんとラテン語・・・・が出力された。
O, est magnaおー! 凄いッス!」
「大丈夫だな。そしたら、道を聞いて来てくれ」
Intellego了解ッス!」
 とてて、と『ドール』は通りすがりの男に声を掛ける。
Ubi catacumba estカタコンベってどこにあるんスか
 男は親切にも回答してくれた。聞くに、ここから現代世界換算で10分程らしい。
Tibi gratias agoありがとうッス
 ぺこり、と礼をし、とててと俺の所へ帰って来る。
Rogavi ubi catacumba estカタコンベが何処にあるか訊いてきたッスよ
「『ドール』、赤いボタンをもう一回押してくれ」
 あっ、と声を上げてボタンを押し込む。
「あー、テステス。チュッパチャップス……よし、元に戻ってるッスね!」
「ああ。お疲れ様」
「お疲れッス!しかし凄いッスね、ヴィスタさんの技術力!」
 確かに凄い――が。
「ただ」
「ただ?」
「脳を弄られているみたいで、あまり気持ちの良いものじゃないんだよな」
「……うげ」
 『ドール』は舌を出した。
 実際制脳解除器スクイラーは名前通り、脳のリミッターを解除する機能を持つ。つまり、脳に外的刺激を与えてる。
 ヴィスタさんの発明品とは言え、正直気味悪い。
 ……兎も角、これで道程は分かった。
 という事で。
「約束通り、さっきの続きだ」
 『ドール』は頷く。
「そうッス。『歴史をぶち壊す』ってどういう事ッスか?」
「言葉通りだ。俺達と同じくコロブスも過去へ遡る。そして歴史を破茶滅茶にするんだ」
「……過去を変えれば未来が変わる的な?」
 説明の手間が省ける。
「コロブスはその手段で、ゆくゆくは人類の絶滅を目論んでいる」
 『ドール』はすぐに小首を傾げた。
「でも今回の『くりすます』、話の限りじゃただの祝祭みたいッスけど、その消滅が人類滅亡にどう繋がるんスかね?」
「……多分だが」
 ここからは、俺の推測だ。
キリスト誕生に託けて、とヴィスタさんが言ったろ。つまり目的は、祝祭そのものではなく、キリスト教の消滅・・それに代わる・・・・・・世界宗教の成立だと踏んでる」
 キリストという単語は、今も記憶から消えてない。という事は、まだ歴史は改変され切っていない。
 まだ間に合う。
 もし手遅れになれば、コロブスが世界宗教の王座に坐し、世界の歴史があらゆる改変を見るのは、想像に難くない。
「……ヤバいじゃないッスか!」
 『ドール』の声は少し震えていた。
「で、でも! ヴィスタさんが居て良かったッスね! お蔭で、人類は滅びずに済むかもしれないッス、から……」
 言って、言葉を噤んでしまう。
 そう。裏を返せば、俺らが失敗すると、人類は滅びへの一歩を歩む事となる。
 そして。
「『ドール』。


実は人類は、既に1度・・・・コロブスに敗北している・・・・・・・・・・・

「……え」
 ほとんど絶句していた。
 当然だ。あまりに現実離れしているからな。
 だが、これは事実らしい。
「今、世界人口は何人か知ってるよな」
「バ、バカにしないでッスよ。80億…………ッス、よね?」
 どうやら察した様だ。
「コロブス侵略前、この地球には160億・・・・の人類がいた。世界大戦が1度・・は起きたが、それ以外は小規模な戦争で醜く殺し合うばかりだった。今や地球は人口が80億、世界大戦は2度起きている――俺らが教科書で学び、日々過ごす世界は、敗北によって変わっちまったモノなんだよ」
「……す、スケールが大き過ぎて……」
 茫然としたままだった。まあ、実感は湧かないか。
 なら。
「お前がいつも舐めてるチュッパチャップス。それも被害を受けている」
「えっ!?」
 『ドール』は素早く、自身のポケットからチュッパチャップスを取り出す。無事を確認して安堵していた。
 というか持って来たのかよ。好きだな、それ。
「それも別の名前だったらしい。今回失敗すれば消える可能性もある」
 ちなみに、元はキュッパナップスと言った様だ。滑稽だが可愛らしい名前だと思う。
「……この飴は、消させないッスよ」
「その為にも、コロブスは殺さなきゃならない」
「ッスね!」
 作戦は功を奏し、闘争心を燃やしてくれた。
 が、すぐに首を傾げる。
「あれ、でも回りくどくないスか? 超技術オーパーツが作れるなら、それで皆殺しにした方が手っ取り早い気がするんスけど……」
 不謹慎だがもっともだ。
 しかしSF小説でよく見るその手段を、コロブスは取れない。
「1つは、なるべく無傷で星を手にする為だ」
 まあ在り来りだ。しかしそれは半分失敗している気もする――1度で良かった大戦が2度も起き、第2次で核兵器も生み出された。星が傷付くリスクは、より高くなっている。
 そしてもう1つ。
「コロブスは、武力で人類に勝てない・・・・・・・・・・からだ」
 奴らは腕相撲で、小学生児童にすら勝てない程軟弱。壊銃アノンガンで人を殺せないのも、自分より勝る人類の物理的な殺し方が分からないからに過ぎない。
 『ドール』は驚き、しかしすぐに頷く。
「……だから過去を改変――戦わずして人類を滅ぼすんスね」
 頭の回転が速くて宜しい。
 そう。コロブスの戦略上、これが最適解。
 しかし『どこを変えれば滅びるのか』は、コロブスも完璧には分からないのだろう。中途半端に80億人しか殺せず、悪魔の兵器を生み出させてしまったのがその証拠。
 遠回しで馬鹿げた侵略だ。
 しかし馬鹿にできないのは、完全解答を叩き出された瞬間、人類はこの世から消えるからだ。記録に残らない動物達ねずみやいるかの様に。
「だから、先を急ぐ必要がある」

 ……のだが。
 流石に、そうだよな。

「……先輩?」
壊銃アノンガンを構えろ、『ドール』」
 俺は、銃を構える。『ドール』も言われるがまま構えた。
「バレてるな」
 周囲360度。いつの間にかローマ人に囲まれていた。
 数は20人程。手には武器。滲む敵意。
 全員、コロブスの手先だろう。
 ならば、変化外装メタモルクローズなど無意味――この機能は、コロブスの目までは欺けない。
「『ドール』、実戦だ――コイツらをぶっ飛ばすぞ」
「……了解ッス」
 殉職
 その死因の多くは、非力なコロブスではなく、何の事情も知らない過去の人類による殺害だ。
 皮肉なものだ。コロブスと敵対しているのに、人類を追い詰めるのは人類なのだから。
 首元のタグが静かに揺れた。それで体の震えに気付く。
 ……3年経っても、死地には慣れないのか。
 或いは、今日は後輩がいるからか。
 いや、後輩は関係無い。
 これは、自分の問題だ。
 震えを止める。
 引金を、引いた。

ぎょーん。

 間の抜けた音がローマ市街に響き、人間が吹き飛ばされる。
「凄いッスね……オモチャみたいッス」
「ボヤッとするな、ここは戦場だぞ!」
「わ、分かってるッス!」
 ぎょーん
 『ドール』も引金を引く。また人が飛ぶ。
 銃火器の存在しない戦場で壊銃アノンガンはチート。お蔭で活路を見出しやすい。
 この”難易度”の低さも、『ドール』の初任務に選ばれた理由だろう。
 道を拓き、カタコンベへ急ぐ。
「これなら楽勝ッスね!」
「油断するなよ!」
「勿論ッス!」
 目的地には、間違いなくコロブスが居る。
 逆に言えば、道中待ち伏せる敵もまた多い。
 現れる度、迎え撃つ。ぎょーん、と響く古代ローマ市街に、古代ローマ人が空を飛ぶ。撃ちながら、教えられた道を走り抜ける。
「あの角を曲がればカタコンベッス!」
「ああ!」
 『ドール』の記憶は正しい。もうじきカタコンベに辿り着く。
 最後の角を曲がる。
 そこには。
「……っ!」
 行き止まりデッドエンド
 建物の壁が、どっしりと構えるのみだった。
 ……畜生。ここはコロブスの支配下。道案内も偽情報を教える様に仕込んだか――もっと早く頭を回していれば!
「戻るぞ――」
 言って振り返ると、武器を構えて待ち構える男が一人。
 すかさず引金を引く。
 ぎょーん。

 だが、倒れない。

 嘘だろ――見えない弾丸を避ける様なモノだ。
 奇跡、ってヤツか。
 舌打ち。それでも、やる事はただ1つ。
「撃て、撃つんだ『ドール』!」
「言われずともッス!」
 ぎょーんぎょーんぎょぎょーん。
 鳴る。鳴り続ける。
 それでも男は倒れない。
 構わず突進を続ける。アニメイションの主人公の如く!
「クソッ!」
 だがここまで近付けば流石に捉えられる!
 目と鼻の先の敵に、引金を引いた。
 ぎょーん。

 それでも、倒れない・・・・

「……は?」
 ……有り得ない。ほぼゼロ距離で攻撃が当たらない筈が無い。
 まるで、幻覚・・でも相手にしている様な――。
「……まさか!」
【正解だよ、未来人】
 脳内に、コロブスの声。
 クソ。術中に嵌っていた――コロブスに、幻覚を見せられたというのか!
 目の前の幻覚は嗤う様に、ゆらゆら揺れて消えてゆく。
「――っぎ」
 すぐ後ろで、呻く声がする。
「『ドール』!」
 振り向く。1人のローマ人が『ドール』の脹脛に、投擲槍ピルムバタエを刺していた。
 即座にそいつを吹き飛ばし、駆け寄る。
「い、痛い……痛いよぉっ……!」
 血が滲む脚に爪を食い込ませながら、ぎゅっ、と瞑る目に涙が滲んだ。
 直様、『ドール』の制脳解除器スクイラーに手を伸ばした。指先には、青いボタン。
 失敗した。これは、俺の失態。
 動揺するな。
 まず、後輩は死なせない。早く現代へ帰さねば――!
「……っ、せん、ぱいっ!」
 突如、俺に向けて叫ぶ『ドール』。
 背後に殺気――気付いた時には、遅かった。
 頭部に、強い衝撃。

 く、そ。
 こんなトコで、死ぬ訳には。
 意思に反し地面に倒れる。目の前に、タグも叩きつけられた。
 瞬間、勝手に記憶が頭に流れ始める――。

 コードネーム『フェード』。
 それがタグの持ち主の名――俺の、元先輩。
 明るい性格をした、赤髪の映える最強格。付いた渾名は『紅一点』。後輩の俺には馴れ馴れしく、頭をワシワシ撫でてくる。子供じゃねえ、と怒ってもアハハと流すばかり。
 だが事実、俺は弱かった。先輩の前でコロブスを殺せた事は一度もない。
 周囲にお荷物と揶揄された事も数知れず。
 強くありたい――と思った。コロブスを殺せるだけ強く。
 だから先輩に、来る日も来る日も、地獄の鍛錬をつけて貰っていた。

「君もさ」
 ある日。
 いつも通り手を地面に付けさせられた俺は、空気椅子に足を組んで座る先輩に言われた。胸元には、タグが揺れずにさがっている。
「将来、後輩ができるだろうよ――今の私にとっての君の様な、可愛い後輩が」
「……可愛いって、言わないで下さい」
「ふふ。君は可愛いさ、私にとってはね。性別なんて関係ない」
「……でも」
 俺はその時、実感なんて浮かんでいなかった。浮かぶのは、不安ばかり。
「弱い俺に、先輩が務まるんですかね」
やれるかじゃない、やるんだ
 私もさ、と珍しく溜息を吐いた。
「後輩を持つ気、元々なかったんだよね」
 流石に衝撃的な文言だった。
 が、先輩は構わず続ける。
「この仕事は息する様に殉職する。未熟な後輩なんて尚更。下手に命を預かれないんだよ、荷が重過ぎて」
 こういう正直さが、先輩の美点だと思っていた。たまに正直過ぎて玉に瑕だが。
「……なら」
 何で、引き受けたんですか。
 尋ねると、彼女は苦笑した。
「ヴィスタに言われたから――何だかんだ言っても、奴は私の命の恩人だからね」
 幻滅したかい?
 そんな先輩に、俺は何も答えられない。
「でも、引き受けたからには全力だ。預かった命は守る。そして地球シマを荒らすコロブスは残らず殺す。その為にも力が――鍛錬が要る」
 苦労してんだぜ、と歯を見せて笑い、立ち上がる。
「いずれ君も、可愛い後輩を持つ時が――持たされる時が来る」
 その時は。

先輩として、ちゃんと守ってやりなよ

 その為にも、鍛錬の続きだ。
 立ちな。
 俺は震える脚で立ち上がり、拳を握る――。

 ――目を覚ます。
 目を、覚ました。
 つまり――生きている!
 立ち上がろうとしたが、後ろ手に縛られ上手くいかない。
 辺りは薄暗く、壁の宗教画が辛うじて見える程度。描かれているのは救世主キリストではなく侵略者コロブス――。
 手遅れの時は、近い。
「せ、んぱい」
 横で、泣きそうな声。
 『ドール』が同じく縛られていた。
 明らかに顔が青い。脚には血が滲んでいる――失血死の言葉が浮かぶ。
 まず、2023年に帰してやらねば。
 後輩を、守らねば。
 話は全て、それからだ。

【起きたか】

 合成音の様な超自然的な声が、脳に響く。
 目の前に、三つ目に6本腕の宇宙人――コロブス。内2つの手には壊銃アノンガンが握られている。
「……コロブス」
【怖い顔するなよ】
 目を細め、壊銃アノンガンを俺に向ける。
 ぎょーん――気付けば俺は、壁に叩きつけられていた。
【撃ちたくなるだろ?】
 ぎょーん、ぎょーん、ぎょーん
 3連続、腹に衝撃。
 思わず、吐く。
【ねずみやいるかは、もっと賢かったぜ? 俺達を捕まえる術の無い奴らは、即座に降伏、命乞いした。……ま、全員殺したけど。あの時の絶望と怒りの混じった顔ったら!】
 気味の悪い笑いが、脳内に響く。
【それなのに、お前達人類は愚かにも対抗してくる――裏切者ヴィスタの手まで借りて】
「先輩ッ!」
【お前も煩い】
 ぎょーん
 『ドール』は、壁に叩きつけられた。
 ……やめろ。
「や、めろ!」
【指図するな】
 再び銃を向けられる。
 ぎょーん
 今度は頭。壁に激突し――ばき、と嫌な音が鳴った。
 それは頭蓋の割れる音ではない。
【ふーん、V██ァ█Stы█も面白いモノ作るよね】
 ……まずい。
 制脳解除器スクイラーが、衝撃で壊れかけている。一部の声を翻訳できていない。
【さて、これからK█s12eやるが、その前に】
 コロブスは、壊銃アノンガンを向ける。
【言い遺したい事は?】
 どうせ残らず消えるけど。
 嫌な嗤いが脳に響く。
 ……どうする。
 どうすれば、この状況を脱せる?
 これ以上、人類を殺されて堪るか。
 一番の打開策は、制脳解除器スクイラーの黄ボタンを押す事。一時的にでも膂力を取り戻せばゴリ押しで勝てる。が、後ろ手に縛られている今、指で押すのは難しい。
 他の手段が必要だ。ボタンを押し込む圧力をかけられる、何かが――。

 ……。
 ある・・
 1つだけ。
 『ドール』を見た。意識は喪っていない。
 チャンスは一度きり。
 賭けるしか、ない。

「……相棒の服の中に棒キャンディ・・・・・・がある。コイツの大好物でさ。最後くらい舐めさせてやってくれ」
【……ふうん】
 ま、いいけど。
 諦めたか、と思ってくれた様だ。『ドール』の服からチュッパチャップスを出し、彼女の口に放り込んだ。
【3分や█よ。それで終いだ】
 ……3分。
 あまりに充分な時間だ。

 お前を、殺すには。

「……『ドール』」
 急に飴を咥えさせられ、完全に戸惑っている彼女に、囁いた。
「棒を前歯で噛んで固定してくれ」
 俺は制脳解除器スクイラーの黄ボタンを指さした。
 瞬間、『ドール』の目に生気が戻った。
 何をするか、完全に理解した顔だ。
 やはり記憶力が良い。頭の回転も速い。
 そして、胆力がある。

 尚更、ここで死なせる訳にはいかない!

 『ドール』は飴の棒を前歯で噛んで固定してもらう。
 そして先端と黄色ボタンの位置を合わせ――ボタンを一気に押し込む!
【しまっ――!】
 直様コロブスは引金を引く――が、もう遅い!
――起動。筋力解放。コロブスを打ち砕きましょう、そのパワーで
 途轍もない力で拘束を引きちぎる。
 銃撃は受けた。が、増強した筋力には所詮、微風同然!
【クソっ!】
 次弾は撃たせない。
 凶悪な蹴りをコロブスに繰り出す。気持ち良い位に吹き飛び、壁に激突した。
 手応えあり。コレは幻覚じゃない。
【こ、コ█が目的――】
「ああ」
 これで堂々と、コイツを殺せる。
「お前は、人類を馬鹿にし過ぎだ」
 俺は拳を握った。
 お前を殺すのに、最早銃さえ要らない。
【ま、待て!】
「3分も待とうとしてくれた所悪いが――」
 拳を振り上げ。
「俺ら人類には、時間が無いんでな」
 振り下ろす。
 コロブスの頭が飛び散った。
 任務完了
 途端、『ドール』は体の力が抜けたらしい。口からチュッパチャップスを溢す。それをキャッチし、再び彼女の口に含ませた。
「お疲れ様だな、『ドール』」
「……疲れたなんてモンじゃ、ないッスよ」
 から、ころ。
 甘い飴を弱々しく鳴らしながら、魂が抜けた様な声を出す。
「死ぬかと、思ったッス」
「甘い仕事じゃないってコトだ」
 拘束を解いてから、黄色ボタンを押し込み解除。途轍もない虚脱感が、体を襲う。
 だが、後は帰るだけ。
「さて、とっとと帰るぞ」
 制脳解除器スクイラーの青ボタンを押し込めば終了――。

「この、異端者がああああっ!」

 ――ローマ人の棒状の武器が、俺の制脳解除器スクイラーに直撃した。
 嫌な音が、カタコンベに響く。
「……クソ」
 破損、した。
 今度こそ、完全に。
 ボタンを押しても、何も反応しなかった。
 攻撃してきたローマ人は蹴飛ばすが、他の奴らに囲まれる。
 コイツら、本気でコロブスを神と崇めた狂信者だ。
 畜生、既に歴史改変は、ここまで侵食していたのか!
「せ、んぱい?」
 後ろでは、青いボタンを押した『ドール』が転送準備に入っている。きっと今頃、陽気なファンファーレと労いのアナウンスが脳内に流れているだろう。
 良かった。
 一先ず、先輩としての役目は果たせた。
「『ドール』」
「……何、スか」
「先に行っててくれ」
 先輩、と再び呼びかける前に『ドール』は姿を消す。
 さて。
 後は、自分だ。
 殉職。その言葉が脳に去来する。
 黄色ボタンの副作用で、脚がふらつく。つられてタグもゆらゆら揺れる。

――先輩として、ちゃんと守ってやりなよ。

 『フェード』先輩は、その言葉を告げた次の任務――フランス革命の渦中、俺に覆い被さって死んだ。
 後輩を、凶弾から守って。
 青空の下、赤い血がよく映えたのを鮮烈に覚えてる。
 その後、気付けば俺はコロブスをぶち殺し、革命家達を弾き飛ばし、先輩を抱えて青いボタンを押し込んでいた。
 手に、血塗れのタグを握り締めて。
 これが、俺の初めてのコロブス殺害。
 先輩の前で成功した事の無い任務を、俺は漸く成功させた。
 但し先輩の濁った目には、何も映っていない。

 帰った俺に待ち受けたのは、揶揄。
 CCC最強の『紅一点』を死なせた俺は、以降『死神』と呼ばれた。
 自然、誰も俺と組みたがらなくなる。陰口も増えた。
 上等とばかりに俺は、単騎でコロブスを殺しまくった。
 罪を償う様に。
 過去の弱さを清算する様に。
 或いは――死に急ぐ様に。

 しかし気付けば2年。
 コロブスを殺し続け、『死神』の意味合いが変わる程まで、生きてしまった。
 2年経って、俺は悟った。
 こんなに死なないのは、先輩が俺に「生きろ」と思っているからじゃないかと。
 胸元の遺品タグが、そうさせているのではないかと。
 ……馬鹿げた話だ。
 ただその日から、俺は死に急ぐ事だけは止める事にした。

 ――そうだ。
 そうだった。
 そういう事を、経験してきたのだった。

 二つ名を知って尚付いて来た、後輩の顔が浮かぶ。

 絶対に、帰る。
 青ボタンも無しにどうやって――なんてのは考えない。
 後輩にまで死神の汚名を着させるかよ。
 地面を、しっかり踏み締める。
 タグの揺れが、止んだ。

 棒状の武器を持つ男に駆ける。
 動きの固まったソイツに金的を浴びせる。古代も現代も、急所は変わらない。
 武器を奪い、周囲の敵を薙ぎ倒す。
Deus necatus tu!
 制脳解除器スクイラーを壊された為、意味は理解不能。
 しかし必要無い。自らの信じた神を殺され怒っている――それさえ直感できれば。
「あんなのは神じゃねえ――人類を殺す悪魔だ!」
 80億の人間を殺し。
 先輩を殺した奴の、何が神か!
 4人、5人、6人――次々と敵を薙ぎ倒す。
このままだ、このまま――!
「っ!」
 瞬間。
 腹部に、刺突の感覚。
 見ると、横腹に投擲槍ピルムバタエ――血が滲む。
「クソ……!」
 続けて、頭に衝撃。
 殴られた――と思った時には、地面に倒されていた。
Te nocete!
Te nocete!
Te nocete!
 訳のわからないラテン語。込められた憎悪から意味だけは伝わる。
 そして囲まれ、次々に蹴られる。
 顔を、腕を、腹を、脚を。
 ……死ねない。
 なのに、じわりと広がる鈍い痛みに、意識と視界が削られる。
 クソ。何か、打開策は。
 意識が、朦朧。
 打開策。
 死なない為に、俺は。
 俺、は――。

 その時。
 攻撃が、突然止んだ。

 同時、暗くなる視界の端から、眩い光が差し込むのに気付く。
 ……信じられなかった。
 多分ローマ人共も同様だろう。
 今度も幻覚だと思った。
 だが、これは事実。

 目の前に、後光の差す男がいた。

 それが誰なのか――ローマ人の方が察するのは早かったらしい。全員が武器を落とし、跪き、ラテン語で何かを呟いた。両手を結って膝をつくその様は、赦しを乞うている様にも見えた。
 男は彼らの間を通り過ぎながら、一言、ラテン語で何かを告げた。
 更に深く首を垂れる彼らを無視し、俺の前に来る。
 そして腕を掴み。

 俺諸共、男は忽然とローマ帝国から姿を消した。


ワームホール内。
転速・毎秒7年にて転移中。


「……ヴィスタ・・・・、さん」
 あの神々しい男の正体は、紛れもない。
 ヴィスタ・ハスタラ――CCCの組織長。
【お疲れ、『アップダウン』。よくやったよ】
 優しい彼の言葉は、いつも通り、人間が理解できる様に調整されていた。
 感謝しようとすると、ヴィスタさんは【良いかい】と言う。
【『フェード』の時に後悔したから、弟子の君には言っておくけど――君は独りで闘っているんじゃない。まずそれを自覚すべきだ】
 ……まさか、宇宙人にも諭されるとは。
「……肝に銘じます」
【それと】
 と続ける。まだ、何か――。
【お礼を言うべき相手・・・・・・は、他にいるだろ?】
「……」
 それも、そうか。
 そうだな。
 他の誰でも、ない。
 ……瞼が、落ちてゆく。
 狭くなる視界の中、タグが時間遡行の風に揺れている。
 よくやったな、と言われた気がした――。

「お、グッモーニンだヨ」
 覚醒すると、CCCの医務室だった。
 目の前には、ターバンを巻き、白いスーツジャケットにチャイナ服の、トンデモファッションの女――医務室長『ジャイアントキリング』がいた。
 隣には目を腫らした『ドール』が座る。すぐ横に松葉杖が掛けられていた。そんな彼女の頭を、医務室長はぽんと叩く。
「んじゃ、ボクのビジネスはここまでネ。何かあればコールするヨロシ」
 欠伸をしながら去る彼女に、『ドール』は礼をする。それから、俺の方へ振り向き。
「……先輩」
 微笑んでいた。
「無事で、良かったッス」
 ――ここに戻ってきた時、助けを呼んだ。
 自分も、失血死しそうな程危険だったのに。
 しかし、だからヴィスタさんがやって来たのだろう。
 ――君は独りで闘っているんじゃない。
 身に抓まれる言葉だ、全く。
 俺は全部一人で抱え込んでいた。
 もしあのままなら、俺は間違いなく死んだ。
 『ドール』がいなければ――他者の助けが無ければ、生きてこの任務を完遂できなかった。
 だから。
「ありがとう。お蔭で、救われたよ」
 感謝をする。
 『ドール』は少し目を見開いた後、微笑む。
「……はいッス」
 細められた目から涙がつうっと、頬に一筋流れた。

数週間後。

 クリスマスを皆で祝い、年が明けた。
 その間に俺も全快。これも『ジャイアントキリング』の医療術の賜物だ。
 CCCは常に人員不足。休んでばかりいられない。今日も鍛錬しながら、出動命令を待っていた。
 まさにその時。
《ゆゆゆしき事態だ》
 いつも通りの言い間違いを添え、任務説明が脳内に響く。
《……あー、国名を言っても伝わらないよね。ある大国がコロブスの帝国になりつつある。コロブスの繁殖活動も確認した。今回は2024年と1780年の衝撃・・作戦に出る。今から言う人達は、私の部屋に来て欲しい》
 過去に飛ぶ者として俺と、他数名――その中に、『ドール』の名前もあった。
「……挟撃作戦、だろ」
 俺は変化外装メタモルクローズを引ったくり、部屋を出る。
 首に掛けたタグが揺れる。

 パリの光景は浮かぶ。
 きっとこれからも。
 それでも俺は、コロブスを殺し続ける。
 あの日を、繰り返さないため。

 『ヴィスタ・ハスタラのへや』と刻まれた扉が、泡の様にぶくぶくと弾ける。
 俺と目線を合わせようとしない職員達の中。
「あ、先輩!」
 『ドール』だけが飛び跳ねながら、ぶんぶんと手を振っていた。口には変わらずチュッパチャップス。
 ……あんな死にそうな目に遭ったのに。元気なもんだ。
 だが頭痛も胃痛も、もう感じない。
「お疲れ、『ドール』」
「お疲れッス!今回も頑張るッスよ!」
「ああ――頼りにしてるぜ」
 俺の言葉に、ぽかんとする『ドール』。
 一瞬後、ぱあっと顔を明るくし、「はいッス!!」と威勢良く返した。
 俺は思わず笑みを漏らす。

 独りで闘っている訳じゃない、か。
 任務開始を待ちながら、首から下がるタグを、俺はそっと握り締める。

Fin.


 こちらの小説は、パルプアドベントカレンダー2023に寄せて書き下ろした小説です。なんだか今年は宇宙人SFを書きまくった気がします……!

 さて、既にアドベントカレンダーも9日目! 飛び入り参加含め、作品も増えてきました。
 掛け値なしに、本当に多種多様で素敵な作品ばかり! 以下総合目次より、気になった作品を是非お読み下さい!
 そして飛び入り参加も大歓迎! お前の参加を待ってるぜ!


 さあ、明日のパルプアドカレは!

しゅげんじゃさん
『赤人館の殺サンタ事件』


をお届け! お楽しみに〜!

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