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休息の死角

 ゼルベスはトイレから戻るなり、濡れたままの手で紙容器の中のチキンを引っ掴んだ。
「ったく、こりゃあひどいもんだな」齧りながら言う。
「酒のせいでしょ」
 テレビに視線を向けたまま、奴の正面に座った『汁なし』が缶のアルコールを啜る。
「次は高いのにしなよ。あーあ、喉が焼けそう」
「ここんとこ日照り続きでよ、悪かったな」
「そう」
 それからふたりは二、三の会話を交わしながら食事をした。
 しばらくして『汁なし』が椅子から立ち上がった。ゼルベスは一瞥し、片手のチキンを骨にした。
 その広々とした部屋は散らかっていた。磨かれた木の床にパンパンに詰まったゴミ袋がいくつも転がっていた。大理石の台所も汚れている。
 窓に掛けられた厚手のカーテンが、部屋から光が漏れるのを防いでいる。
 少し経って戻ってきた『汁なし』は、二本めを開けながら言った。
「あの死体は」
「なに?」
「バスタブの中」
 ゼルベスは音を立てて飛び出し、すぐに戻ってきた。
「誓って言うが、おれじゃねえぞ」
「わかってる。あなたは刃物使わないから」チキンをかじる。
「ふん」
「金になる?」
「ああ。ここに住んでる奴ら洗うぞ。まず書類は片っ端から集める、そのうちな」
「死体は?」
「当然。ほっとくに決まってるだろ」
「でも善は急げっていうでしょ」
「今日は休み、だぜ」
 そう言って、缶を一息で空にした。
「うん、そうする」ふうと息を吐く。
「ところでよ、死体の制服、どこのだっけ」
「多分ペッパー」
「あー、だからコレか。ここの連中とはメシ食いたかねえな」チキンを食いちぎる。
「ソルト派だっけ」
「そのとおりだ」
 ゼルベスはビールを開ける。
「なんで殺したのかな」
「金じゃねえな……多分、本当はなんかのエージェントで」
 不意に『汁なし』がリモコンを手にとると、テレビの音量が跳ね上がった。
 そしてゼルベスを突きながら奴の真横に座り直す。
 こっちにウインクをしながら。
 バレたかよくそったれ!

 おれはタバコを弾いた。真っ赤な明かりが監視モニタにぶつかって散った。
 一難去ってまた一難。
 初仕事を片付けたと思ったら玄関から、あの恐怖の二人組。やべえぞあいつらおれを探しに来たんだってテンパってるときに流しの下に隠し扉を見つけて隠れるぞラッキー、と思ったら監視装置に齧りついている白衣の男。(喉を裂いてやった)
 ちくしょう、こうなったらどうにでもなれだ。
 コンソールの真っ赤なボタンを押し込んでやる。付属の紙マニュアルが正しければ、これで奴らはどうにかなる。即効性の毒ガス。
 嫌な連中だったがのたうち回るところを見るのは趣味じゃない。とっととずらかるに限る。
 これで仕事は終わりだ終わり、家でとっておきの酒が冷えている。
 ゆっくりと扉を引いて出ると顎の下に冷たく硬いものが張り付く。
「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム」耳元。奴らじゃない。外国語。奴らじゃない!
 クソ、酒は明日、いや、もっと先か――

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