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時のすきま…

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小説です。 すべてフィクションです。 実在の人物・団体・場所や出来事とは一切関係ありません。
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2017年6月の記事一覧

『本日、酉の刻…』

第31話

研究所の辻越が分厚いデータの束を相馬の部屋に持ってきたのは、例のBプロットを捕獲して9日が過ぎた頃だ。
デスクの上にバサリと何冊ものファイルを置き、辻越は額の汗を拭った。
「仰せの通り用意しました。この間取得できたBプロットのデータです。」
「これで全部か…。」
相馬は研究員の辻越に一切のねぎらいの言葉もかけず、デスクに積まれたファイルを開き、真剣な表情でデータに目を走らせた。
「はい

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『本日、酉の刻…』

第30話
ウルカが瀑の鱗を使って発生させた青白い透明な光のバリア、光帷はとうに消えてしまっていた。
今は上空に浮かぶ大きな風の渦、四体の煽が作る強い下降気流と、大之井の祖父、平八郎の赤樫の六尺棒のみが、堕射の光の触手から瑠珈たちの身を守っていた。
瑠珈たちは皆、不安そうに雲間の偽りの幻日から無限に噴き出す堕射の触手を見つめていた。
そんな空にウルカが消えてから、何時間経っただろうか。
ぐにゃぐにゃ

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『本日、酉の刻…』

第29話

迂闊だった。
休暇のつもりで与えた任務だった。
いったいこの二年の間に、何があったのか、月乃禰が知る由もなかった。
憂流迦が雇われていたその国は月出の国と呼ばれ、毛利家を宗主とする小さな国だった。
主要な街道や海からも離れていた山間の浅い盆地のその国は、いにしえの時代より隕鉄の産出を生業とし、豊富な清流により小国ながらも田畑は潤い、民は皆慎ましく、その山間の盆地に身を寄せ合って朗らかに

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『本日、酉の刻…』

第28話

憂流迦が死んで二年が過ぎていた。
あまりにも小さな任務でその宝のような命を失ってしまった。
古き呪禁(じゅごん)の奥儀を継承する呪禁師の長、月乃禰(つきのね)は、一族の知りうるすべての呪禁の術、薬学、妖術、幻術、格闘術、剣術に馬術、そして当時最新鋭の砲術に至るまで、あらゆる知識と技術を彼に伝授していた。憂流迦はそれらの知識と技術と体術をすべて身につけ、幼い頃より月乃禰と共にずっと歩んで

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