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村上春樹クロニクル(時代設定と年齢等に関する備忘録)

The Era Setting of "HARUKI" World



 2023年9月13日20時53分現在、"note" 内で「#村上春樹」を検索すると8,733件の記事が出てくる。
 この記事は、そんな「#村上春樹」の8,734番目の記事である。



 それっぽい感じで始めてみましたが、今年度、新作『街とその不確かな壁』をリリースした村上春樹さんについての記事です。

 村上春樹さんは、これまで15作の長編小説を発表していますが、今回は、それぞれの長編の時代設定を推定し、主人公の年齢と、その時代の春樹さんの当時年齢を比較し検証してみる考察記事です。(大きなネタバレはありませんが、個人的な備忘録ですので、マニアックな部分はご了承ください。)


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 まず、全15作品について、村上春樹さんの発表時の年齢をもとに、下記表のように5つの区分で分類していきます。

<各区分:年月日はリリース日>
■ 30代の作品

『風の歌を聴け』1979年7月23日
『1973年のピンボール』1980年6月17日
『羊をめぐる冒険』1982年10月13日
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』1985年6月15日
『ノルウェイの森』1987年9月4日
『ダンス・ダンス・ダンス』1988年10月13日
■ 40代の作品
『国境の南、太陽の西』1992年10月5日
『ねじまき鳥クロニクル』1994年4月12日
■ 50代の作品
『スプートニクの恋人』1999年4月20日
『海辺のカフカ』2002年9月10日
『アフターダーク』2004年9月7日
■ 60代の作品
『1Q84』2009年5月30日
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』2013年4月12日
『騎士団長殺し』2017年2月24日
■ 70代の作品
『街とその不確かな壁』2023年4月13日

 また、各作品のデータとして、「主人公」と、物語の「時代設定」、その時代設定における「村上春樹さんの当時年齢」を表記しています。


■ 30代の作品について

 1979年に群像新人文学賞受賞した『風の歌を聴け』から1988年にリリースされた『ダンス・ダンス・ダンス』までの6作品をこの区分としています。
※『風の歌を聴け』は執筆時29歳ですが、この区分にしてるのでご了承ください。

【30代の作品の時代設定等データ】

『風の歌を聴け』
主人公:大学生の僕(21歳)
時代設定:1970年8月8日から8月26日
~春樹さんの当時年齢(21歳)

『1973年のピンボール』
主人公:大学を卒業し翻訳者となった僕(24歳)
時代設定:1973年9月~11月
~春樹さんの当時年齢(24歳)

『羊をめぐる冒険』
主人公:翻訳事務所に勤める僕(29歳)
時代設定:1978年7月-
~春樹さんの当時年齢(29歳)

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
<ハードボイルド・ワンダーランド> 
 主人公:「計算士」の私(35歳) 
 時代設定:1984年頃 *1 
 ~春樹さんの当時年齢(35歳)
<世界の終わり> 
 主人公:「夢読み」の僕(年齢不詳) 
 時代設定:不明

『ノルウェイの森』
主人公:大学生の僕=ワタナベトオル(18~20歳)
時代設定:1968年5月~1970年9月
~春樹さんの当時年齢(19~21歳)*2

『ダンス・ダンス・ダンス』
主人公:フリーライターの僕(34歳)
時代設定:1983年3月-
~春樹さんの当時年齢(34歳)

◎30代の作品に関する考察

 デビュー作『風の歌を聴け』から30代で執筆された6作品については、主人公と村上春樹さんの当時年齢はほぼ同じです。
 自伝的な作品も多く、基本的に、主人公には村上春樹さん自身の影が色濃く反映されていると考えられます。

 初期三部作と『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公は同一人物で、この主人公は1948年12月24日生まれと設定されています。(村上春樹さんとは18日違いです。)
 また、『風の歌を聴け』では29歳の僕、『ノルウェイの森』では37歳の僕が、それぞれ回想していく構成ですが、回想する僕の年齢は執筆時の春樹さんの年齢に合わせられています。

*1 )この区分の作品中、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だけは、時代が明記されていませんが、文中の二つの情報から、”1984年頃” と推定しています。
 一つは1984年刊行のH・G・ウェルズの伝記『時の旅人』の文庫版が出てくること、もう一つはレンタルした新車のカリーナ1800ツインカムターボは'82~'84に販売されていたことです。

*2 )『ノルウェイの森』は自伝的な私小説とされていますが、主人公と春樹さん当時年齢には1歳のズレがあります。
 これは春樹さん自身、大学に入学したのが19歳だったことに起因してるのではないかと思います。


■ 40代の作品について

 40代の作品としては『国境の南、太陽の西』と『ねじまき鳥クロニクル』の2作のみです。

【40代の作品の時代設定等データ】

『国境の南、太陽の西』
主人公:ジャズバーのオーナーの僕=ハジメ(36~37歳)
※主人公は1951年1月4日生まれ
時代設定:1987年~1988年
~春樹さんの当時年齢(38~39歳)

『ねじまき鳥クロニクル』
主人公:元法律事務所事務員の僕=岡田亨オカダトオル(30歳~)
時代設定:1984年6月から1986年の冬
~春樹さんの当時年齢(35歳〜)

◎40代の作品に関する考察

 主人公に春樹さん自身の影が強かった30代の作品とは異なり、40代の2作品では、新たな主人公設定が行われているように感じます。
 『国境の南、太陽の西』で、主人公はジャズバーを経営していて、村上春樹さんの経歴を想像させるんですが、年齢は明確に2歳若く設定されていたり、大学時代は語ることがないとしてることなど、これまでの主人公とは別の人生を歩いてきた人物みたいな様子があります。
 『ねじまき鳥クロニクル』は、物語が1984年~1986年頃(『ハードボイルドワンダーランド~』や『ダンス・ダンス・ダンス』と同様)とされていますが、主人公の年齢は30歳と、5歳ほど若く設定されています。
 村上春樹さんの長編小説は『ねじまき鳥クロニクル』あたりから作風が変化したと言われてますが、実は主人公の設定も変化しているのです。


■ 50代の作品について

 50代の作品は『スプートニクの恋人』と『海辺のカフカ』、『アフターダーク』の3作です。

【50代の作品の時代設定等データ】

『スプートニクの恋人』
主人公:小学校教諭の僕=K(24歳)
時代設定:90年代後半 *3
~春樹さんの当時年齢(50歳前後)

『海辺のカフカ』
主人公:僕=田村カフカ(15歳)
時代設定:00年前後 *4
~春樹さんの当時年齢(50歳前後)

『アフターダーク』
主人公:大学生の浅井マリ(19歳)
時代設定:00年前後 *5
~春樹さんの当時年齢(50歳前後)

◎50代の作品に関する考察

 50代の作品には大きな変化があります。
 その一つが、主人公の年齢が非常に若く設定(24歳、15歳、19歳)されていること。(もちろん、少年や少女であることも含めて…)
 もう一つが、時代設定が明確にされなくなったことです。

*3)『スプートニクの恋人』では、MACのパワーブック(ディスク付き)が出てくることから90年代であり、EUの通貨統合の話題が出ていることから、さらに90年代の後半と推定できます。

*4)『海辺のカフカ』では、MDウォークマンでレディオヘッドを聴いてる場面があるので、アルバム「OK コンピューター」(1997)以降であること、また、 i-podの登場以前として '00年前後と推定します。

*5)『アフターダーク』では、コンビニでスガシカオさんの「バクダン・ジュース」(1997)が流れることから、それ以降だけの推定です。

 こうして見ると、50代作品の時代設定は、おそらく執筆時期と重なってるんじゃないかと思うんですよね。
 つまり『スプートニクの恋人』が1998年~1999年、『海辺のカフカ』が2001年~2002年、『アフターダーク』が2003年~2004あたりとなるんですが、そう考えると、この3作品は、その時代の空気を反映させたものと言えるのでは…   と考えるのです。
    多分、50代はそういう時期だったのです。


■ 60代の作品について

 60代の作品は『1Q84』と『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、『騎士団長殺し』の3作です。

【60代の作品の時代設定等データ】

『1Q84』
主人公:
 予備校の数学講師の川奈天吾(29-30歳)
 スポーツインストラクターの青豆雅美(29-30歳)
時代設定:1984年4月から12月
~春樹さんの当時年齢(35歳)

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
主人公:鉄道会社社員の多崎つくる(36歳)
時代設定:2000年代後半 *6
~春樹さんの当時年齢(60歳前後)

『騎士団長殺し』
主人公:肖像画家の私(36歳)
時代設定:2000年代後半 *7
~春樹さんの当時年齢(60歳前後)

◎60代の作品に関する考察

 『1Q84』では、再び、時代設定が明記されることになるんですが、もうひとつの1984年という設定です。
 この1984年はビッグブラザー的に思い入れの強い年なんでしょうね。『~ハードボイルド・ワンダーランド』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『ねじまき鳥クロニクル』に続き4度目の1984年ものになります。

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と『騎士団長殺し』では再び年代設定が曖昧になりますが、どちらも2000年代後半と推定され、主人公も同じ36歳とされています。
 この2作は似たとこが多くて、他の共通点としては、夢の中でのセックスの場面があるんです。その相手が『~多崎つくる~』では ”柚木”、『騎士団長殺し』では ”ユズ” となってるのも暗示的ですよね。

*6)『~多崎つくる~』では、友人の一人がレクサス(2005~)に勤めていること、また、スマホが出てきたことから、この辺りと推定しています。

*7)『騎士団長殺し』では、物語の終末に、数年後に東日本大震災(2011)起きたという記述があります。


■ 70代の作品について

 今のところの最新長編『街とその不確かな壁』が該当します。

【『街とその不確かな壁』の時代設定等データ】

主人公:
 第一部=高校三年生(17歳-)のぼくと夢読みの私
 第二部=福島県のZ**町の図書館館長の私(45歳)
時代設定:2010年代以降のいつか

◎『街とその不確かな壁』に関する考察

 今のところの最新長編『街とその不確かな壁』は、これまでの作品とは違った特徴を持っています。
 一つは、時代設定がこれまでになく不確かなことです。
 第二部にはインターネットやSNSという概念が出てくるので、2010年代以降だと推定できますが、物語中、登場人物たちの生活では注意深く時事性のあるアイテムが(意図的に)さけられています。
 また、もう一つは、これまでの作品の中で、主人公がもっとも高い年齢(45歳)に設定されていることです。
 高いといっても45歳なんですが、年齢以上に老成してる感じもあって、いつもであれば、このままセックスしてしまう流れでも、そうはならないという ”らしくない展開” があるのは、この年齢設定に関係してるのかもしれません。


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 これまでの15作品の長編について、主人公や時代設定等の様子を並べてみると、年代ごとの変化がよく見えると思うのです。

 個人的には30代区分の作品に愛着があるのですが、流れの中で見ると、50代作品における時代設定や主人公の年齢設定の変化は、とても実験的に思えて興味深いです。
 そのため、その直後に執筆された『1Q84』は、いろんな実験の成果を、もうひとつの1984年という舞台に注ぎ込んだ大作だったということが、改めて感じられるんです。

 また、最新長編の『街とその不確かな壁』でも変化があって、村上作品 ”らしくない” 点がある一方で、これまでの村上作品のいろんな要素も感じさせるところもあって、これが70代作品の特徴なのかもって思います。
 これまでの新作刊行サイクルで言えば、次作は来年あたりに ”大作” の順なのですが、どういう特徴を持った作品になっていくのか、楽しみなのです。(どうか順調にサイクルが続いていくことを願っています。)
 



(村上春樹関係note)