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後継者不足の解消と事業承継支援の取り組み

■後継者難による倒産・廃業の実態

中小企業庁の発表によると、産業にかかわらず中小企業・小規模事業者の占める割合は2016年時点で99.7%となっています。これらの企業の事業承継は、ひと昔前であれば「家業を継ぐ」という形で親子の間でされることが一般的でした。

しかし、「少子高齢化に伴う製造業従事者の多国籍化」でも解説した通り、日本は少子高齢化が急速に進んでいます。職業選択に対する意識も変わり、若い人は家業に縛られることなく自由な職業の選択を行うことが良いという価値観が当然となっています。親世代も昔に比べると高齢になるまで現役で働くようになっています。

結果として、親世代が引退を考える頃には子供も自分の選んだ道で、それなりのキャリアを積んでおり、会社を継がせたいと思っても子供にはその気がないため後継者がいないという状況になる企業は少なくありません。

日本政策金融公庫総合研究所の 中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2023年調査)によれば、中小企業のうち事業承継を考えているにもかかわらず後継者が決まっていない企業(後継者未定企業)が20.0%に上っています。意外に少なく見えますが、自分の代で廃業を予定しているという57.4%の企業のうち、3割近くが後継者不在を廃業の理由に挙げています。

製造業の場合、後継者未定企業の割合は29.4%と他業種に比べて高くなっています。他業種に比べると製造業では、廃業するために工場の設備や原材料在庫などの処分に費用がかかります。できることなら既存の設備を生かして事業を継続させたいという経営者が多いのかもしれません。

出所)日本政策金融公庫総合研究所 
中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2023年調査)を元に筆者作成

後継者に事業を引き継ぐ前に、倒産する企業もあります。帝国データバンクの全国企業倒産集計2022年度報 別紙号外レポートによれば、年度別「後継者難倒産」の推移で、2022年度は487件と集計を開始した2013年以来、最多となりました。倒産の直接の原因は、長らく「販売不振」がトップでしたが、2021年度と2022年度は「代表者の病気・死亡」が最多となっています。

帝国データバンクの全国「社長年齢」分析調査によると、
製造業の社長年齢は
‐60代が28.4%、
‐70代以上が21.1%、
‐80歳以上が5.7%
と全体平均(60代が26.6%、70代が20.2%、80歳以上が5.0%)に比べ高い傾向にあり、代表者の病気や死亡による黒字倒産のリスクは他業種に比べて高くなっています。

高齢の経営者が事業承継を行わず、廃業や休業を行う割合も増えています。帝国データバンクの全国企業「休廃業・解散」動向調査によれば、2022年に休廃業をおこなった企業の代表者の平均年齢は71.0歳で、70代の占める割合が41.1%を占めています。

2025年には人口の多い団塊の世代が後期高齢者の75歳以上となり、経営者の高齢化がますます進みます。一般に事業承継には5年から10年かかると言われており、経営者が後継者を決めても体調不良や死亡により事業承継が間に合わず、倒産や廃業に至るケースが今後増える可能性があります。

事業承継ができず倒産や廃業という事態になれば、雇用が失われ、取引先の業績に悪影響を与えることになります。特に製造業においては、各社が持つものづくりの高度な技術が引き継がれず消えてしまうことになり、社会的な損失となります。

■事業承継の多様化
帝国データバンクの全国企業「後継者不在率」動向調査によれば、全国企業の後継者不在率は2020年ごろまでほぼ横ばいでしたが、2021年以降急速に低下しています。製造業も傾向は変わらず、2022年には後継者不在率が49.2%まで低下しています。

出所)帝国データバンク 全国企業「後継者不在率」動向調査を元に筆者作成

一方で、実際に事業承継が行われたケースで、後継者の就任の経緯を調べると、親子をはじめとする親族間での事業継承(同族継承)の割合は年々低下しています。代わって増加しているのが、親族以外を社内から登用する内部昇格や、M&A(合併・買収)などによる事業承継です。事業承継を考える際に、子供を中心とした親族にとらわれない選択肢を選ぶ経営者が増えつつあります。

出所)帝国データバンク 全国企業「後継者不在率」動向調査を元に筆者作成

■政府による事業承継支援

2020年以降、後継者不在率が急速に改善し、事業承継が多様化した背景には、政府による事業承継支援政策の充実があります。

2017年、経営者の高齢化が急速に進んでいるにもかかわらず多くの中小企業で事業承継の準備が進んでいない状況をふまえ、中小企業庁は事業承継5ヶ年計画を策定しました。事業承継ガイドラインによる、そもそも事業承継が必要であることを経営者に気づかせる啓蒙活動や、後継者向けの支援、第三者とのマッチング支援などの施策を実施しました。

2019年に閣議決定された「成長戦略」や「骨太の方針」では、事業承継と創業支援を結びつけ、第三者承継により技術、雇用などの中小企業の経営資源を次世代の経営者に引き継ぐ方向性が明示されました。

これを受けて、2年後の2019年には「第三者承継支援総合パッケージ」が公表されました。M&Aの売り手と買い手をマッチングすることで、10年間で60万件の第三者承継の実現を掲げています。この目標は、「2025年までに経営者が70歳以上となる後継者未定の中小企業のうち、黒字経営にもかかわらず廃業の可能性がある企業の数」を根拠に設定されました。

パッケージでは、以下のような支援を実施しています。
(1)マッチング前の環境整備
経営者自身の「会社を第三者に売る」ことへの抵抗感や、M&Aにかかる費用、仲介事業者に関する情報不足を解消する支援を提供します。具体的には「事業承継ガイドライン」の改定による情報提供や、「事業承継・引き継ぎ支援センター」の拡張により、経営者が第三者継承について気軽に相談できる相談窓口を整備しました。

(2)マッチングの円滑化
後継者が事業承継を拒否する原因となっている経営者保証を不要とする、「経営者保証解除パッケージ」を整備しました。マッチング相手を見つけやすくするために、仲介事業者の参入を促すべく民間事業者への事業引き継ぎ支援データベースを解放しました。

(3)マッチング後の取り組み支援
事業承継補助金や専門家派遣など、マッチング後の事業、経営の支援を充実させました。また、登録免許税や不動産取得税の軽減や、信用保証・公庫融資の特例による金融負担の軽減など、買い手の負担軽減をはかっています。また、中小企業同士が当事者となるM&Aで必要となる統合やすり合わせを支援するための「中小PMI支援メニュー」 の策定など、施策を拡大しています。

2021年度の事業承継・引き継ぎ支援センターによるマッチングで成約した事業譲渡件数は1,514件で、うち製造業が21.7%を占めています。同センターのポータルサイトでは、中小企業同士のM&Aによる事業承継の事例を多数紹介しています。

■地方のものづくりを継承する「移住&継業」の取り組み
 若年層人口の都市部への流出により、高齢化問題は地方でより深刻になっています。多くの自治体では若年層やファミリー層の移住促進のためのさまざまな施策をおこなっていますが、定住のためにはその地域に就業機会があることが重要な条件となります。その一方で、地方の産業は担い手の高齢化により、存続が難しくなっています。

この課題に対応すべく、後継者のいない事業に移住者をマッチングして後継者として育成し、ゆくゆくは第三者により事業を継承させる「継業」で地域活性化をはかる取り組みが始まっています。ニホン継業バンクでは、移住者を募る地方自治体やまちづくり団体などと連携して、地方の後継者不在の事業者と都会の移住希望者のマッチングを支援しています。こうした取り組みは、地域の特色あるものづくり事業を継承していくための枠組みとして注目されます。(板垣朝子)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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