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【愛憎と8回目の殺人】

朝日の光がカーテン越しに覗く。外は明るく、元気な姿で並んで歩く子供達。幸せの象徴とも言える光景を幾度となく見てきたが、今日という日は何か嫌な歪みを心の奥底で感じた。この空虚な世界も要因として、あるのだが、一人一人が毎日虚無感と抗い生きている様にも感じる。僕は、恵まれているのだろう。住む家に可愛らしい嫁。家に帰れば暖かいご飯にありつける。これを幸せと呼ばず何と呼ぶのか。僕には、皆目見当もつかない。
 そんな事を考えていたら一階のリビングから声が響き渡る。可愛い嫁、結衣(ゆい)の朝食へ呼ぶ声だ。
嫁とは、もう四年程の付き合いになる。結婚を決めたのも健気な姿をより見ていきたいと思ったからと言いたいのだが、僕も年を重ね妥協という言葉がちらつき始めたのは言うまでもない。こんな幸せが僕のもとに起こってよいのだろうか?と常日頃から思う。何故なら結衣にももう何年も隠していることがあるからだ。何を隠して仲睦まじい夫婦を演じているかって?それは、僕は、誰よりも幸せで冷酷でいなければならない。そうあの日最後に誓った。結衣と出会ったあの雨の日から。
 久遠家に産まれた僕は、幼少期の頃からエゴというエゴの中で育って来た。家の接遇や一つ一つのしきたりの全てを叩きこまれた。一つ間違えば、暴力を振るわれ、成績が低下すれば、その日は、ご飯を抜かれる。そんなことは日常茶飯事だった。だからという訳ではないのだが、今の生活が目に余るほどの幸せなのではないかと錯覚してしまう程なのだから自分自身にも困り果てる。
 結衣【陽介さん。いつまで寝ているの?】急ぎ足で部屋へと駆け寄ってくる。なんて可愛い嫁なのだろうか。と惚気はこの辺にしておこう。
 陽介【うん。今いくよ。コーヒーは出来ている?】と聞きながら階段を降りると、既に朝食は出来ていた。振り返ると結衣が自信満々で僕を見つめていた。僕は、静かに席に着くとありがとう。と囁いた。結衣は満足げにキッチンでお弁当の準備をしていた。
 結衣【陽介さん。ネクタイ曲がっているよ。】何かと小走りで寄って来るのだが、細かいことに気が付くのが、結衣の良い所なのかもしれない。
 陽介【ありがとう。何から何まで…気をつけるよ。行ってきます。】玄関が閉まるギリギリまで手を振る姿を見ると不思議と笑みがこぼれる。これからもこの笑顔を守って行きたい…。なんて。
 陽介【クハハハハハハ…。傑作だよ。もうすぐ消えるのに。】嫌な笑みを浮かべながら会社へと足を進めた。道中も思考を巡らせ呟く。
 陽介【絞殺…毒殺…撲殺…自殺…】僕だけの世界で美しく飛び立て。冷酷な僕を最後まで信じて…。腹を抱えて笑う姿は『悪』そのものだった。
 彼の心を取り巻く憎悪は、幼少期に受けたものが影響しているのかと聞かれると判断に困る部分もあるのだが、彼の本質がもしかすると闇に包まれていたことは考えられないだろうか?と感情を推測するのは簡単だがそんな簡単な事で片付けてよいものではない。そんな気がしていた。

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