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0円さん、親友と絶縁する(後編) 【年間交際費0円さんの今日 #5】

#5 0円さん、親友と絶縁する(後編)


変わりゆく私たち


ユリカの結婚報告から四年が経ち、私は三十四歳になっていた。

それなりに身なりを気にするようになった私は、知り合いに会うとき専用の、当たり障りない服装を用意するようになっていた。
それとは別に婚活用の服装も用意して、結婚相手探しに精を出すようになっていた。
そんな日々に少し疲れを感じていた。

どれだけ婚活をがんばったところで、クリスマスイブの今日、一緒に過ごす人さえ見つからなかった。

ああ、随分歳をとってしまったな……。
私は鏡にうつる自分の姿を見つめて哀れんだ。

その時、スマートフォンに通知が届いた。
それを見て思わず動揺する。ユリカだ。
もう四年も連絡を取っていなかったし、私たちの親友関係は自然消滅したのかと思っていた。
また急な呼び出し? クリスマスイブに……ありえない。
そう思いながら私はすぐにユリカのメッセージを開いた。
それは、いつものような軽い調子ではない、重々しい長文メッセージだった。


まどか久しぶり。元気にしてる?
私はもうダメみたい。実は今、仕事もしてないの。
一年前くらいに上司から突然退職を促されちゃった。
わけがわからなくて旦那に聞いたら、夫婦で同じ職場で働いていることが原因だって。
それで、旦那にも仕事を辞めて家庭に入ってほしいって言われたの。
私納得できなくて、でも何も言えなかった。なんとなくわかってたから。
うちの会社は女は長く働けないんだよ。みんな結婚してすぐに辞めて若い子が入ってきて。
もう私三十四だもん。こんな歳のいった受付はいらないんだよ。
結局会社に居づらくなって辞めちゃった。
でもその後、今度は旦那も会社を辞めるって言いだしてるの。
それじゃあ私が辞めたのはなんだったのって思うの。
それで旦那はね、知り合いに儲け話を持ちかけられて、東京のタワマンに引っ越すぞって言ってるの。
でもどう考えても騙されてるの。
所詮は地方のいち企業のなんでもない営業の男だよ。儲け話が来るわけなんてないよ。
旦那はもう退職の意向を会社に伝えたって言ってる。
どんどん勝手に決めて、私についてこいって。
私ね、旦那に何も言えないの。ずっと何も言えなかった。
自分に自信がなくて、何か意見したら捨てられるんじゃないかって。
結婚も八年も待ってしまった。
仕事も辞めてしまった。
その結果がこれ。ほんとバカだよね。
もう地元にいられないかもしれない。旦那と離婚しようか悩んでるの。
今すぐまどかと会って話したいよ……。


ずっと私を見下していたユリカ。
私の不幸に安心していたユリカ。
私をゴミ箱みたいに、あらゆるネガティブな感情を投げ捨てていたユリカ。
暇つぶしのように都合よく呼び出し、男からの電話一本で突然帰るユリカ。
……親友のフリをして。

因果応報だ。私は冷静にそう思った。

けれど、ユリカが私の様子を何度も伺っていたように、私もまたユリカへの探究心を抑えることができなくなっていた。

私はユリカに返信し、すぐに会うことにした。


決別


私はいつものファミレスに到着すると、先に席を取りユリカを待つ。予定時刻になったがユリカからの連絡は来ない。
私は「着いたよ」とメッセージを送った。

テーブルにはクリスマス仕様のキラキラしたデザインの特別メニューがある。
それを、開いたり、閉じたり、裏っ返したり、何度も何度も、隅々まで読みつくした。

時々子供の興奮した笑い声が聞こえてきて、周りを見渡した。
みんな家族連れか、友達同士か。
こんな日に一人でファミレスにいる私はどうみえているんだろう……いや、こんな日に私のことなんて誰も気にしてないか。
私は見慣れたファミレスの風景を隅々まで観察しながら、ひらすらユリカを待っていた。

結局、ユリカは現れなかった。

心配になりメッセージを送ったが、既読にもならなかった。
途中からあきらめつつ、それでも時間を引き伸ばそうかなと、そのままファミレスで食事をすることにした。

本当は近所のおいしいケーキ屋さんのクリスマスケーキを食べたかったが、キラキラのメニューからクリスマスケーキを注文した。


会計を済ませ、店をでたところで、ようやくユリカから着信が入った。

「あ、ごめんねー? 急に旦那がさぁ、営業先で飲んじゃったから車で迎えにきてって言われてさー。あー、なんか変なメッセージ送っちゃってごめんね? 今日のことは埋め合わせするからさぁ。ちょっと先になるけど、再来週の……」

私は無意識にスマートフォンのあちこちを素早く何度もタップしていた。もうとっくに通話は切れていた。


ーー 現在 ーー


近所のおいしいケーキ屋さんは、クリスマスイブには長蛇の列ができる。
事前予約はホールケーキのみ。私のように一人分のショートケーキを買う客は当日その列に並ばなければいけない。
私は外にはみ出しているその列の最後尾に着き、入り口にあるクリスマスツリーのキラキラした電飾を眺めていた。


あれからユリカとは連絡をとっていない。
通知をオフにして、何度か来ていたメッセージも読んでいなかった。
そのうちメッセージアプリそのものを退会したから、もう絶縁したつもりでいる。

こうなったことは、すべて自分の責任だ。

「私、まどかしか友達いないからさー。うちら親友だよね?」

親友ではないかもしれない。そんな疑念はこれまでたくさんあった。
これまで一度だって、ユリカに誕生日を祝ってもらったことはなかった。
これまで一度だって、イベントの日を一緒に過ごしたことはなかった。
これまで一度だって、ユリカが家に入れてくれることはなかった。
これまで一度だって、ユリカが私を誰かに紹介してくれたことはなかった。
これまで一度だって、私の悩みを親身に聞いてくれたことはなかった……。

ユリカにどんな扱いをされても、それでも私たちは親友だからって言い聞かせていた。
ユリカでなければダメな理由はない。「親友」と言葉にした人物がユリカしかいなかっただけだ。
私はユリカの中から「親友」という言葉だけを取り出して、人生でなにがあっても私には「親友」がいるんだって、お守りみたいにその言葉を持っていた。
「親友」という単語だけが宙に浮いたままここまできてしまっていた。

もういいかげん、向き合わなければならない。
はっきり認めなければならない。

私たちは「親友」ではなかったんだ。

ユリカがその後どうなったのかはわからない。
ただひとつだけわかったことは、ユリカも私のように、自己肯定感が低い人間だった。


ケーキの列に並ぶ客は、私以外はカップルどうしか、友達どうしか、そんな雰囲気だった。
私には、結婚前提に交際していた彼も、中学からのかつての親友ももういない。
けれど、自分の好きなケーキを自分の都合で買いに来たことに、私はいま、とても満足している。

ようやく買えたショートケーキは、いつも通りのはずなのに、これまでで最高においしかった。



年間交際費0円さんの今日 〜0円さんの憂鬱編〜
#5 0円さん、親友と絶縁する(後編)


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