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現代企業に足りないリベラルアーツを習得したい!

早稲田大学、国際基督教大学、上智大学、立命館大学など、さまざまな大学の授業でリベラルアーツが取り入れられています。リベラルアーツは単なる「教養教育」という意味だけでなく、生き抜くために必要な力を養う学びでもあります。

今回は前回の記事に続き、リベラルアーツが重要視されるようになった背景や、リベラルアーツを習得するためのポイントについて解説していきます。


リベラルアーツが注目されている背景

リベラルアーツが現代のビジネスシーンで注目されている理由は、大きく分けて2つあります。

まず、テクノロジーの進歩・普及によりビジネス環境の変化が激しく、将来の見通しが予測困難になっていることにあります。また、学校や大学のテストや課題のように明確な答えがないケースが増えているというビジネスの現状も、注目される理由のひとつです。

さらに、問題の設定や問いを立てるという人間の役割以外の多くの業務がAIによって代替されるようになっています。このような状況も、リベラルアーツの需要の高まりに影響しています。

リベラルアーツは、機械的・事務的な作業から解放された現代人に、次の行動を起こすための知恵をもたらしてくれる学問です。そのため、ビジネスの世界でも注目されている一面があるのです。

AIによって人間が退屈で単調な仕事から解放されたことは素晴らしいことであり、それを恐れることも心配する必要もありません。重要なのは、企業において求められる社員の能力が劇的に変化してきたということです。この変化に対応するためには、リベラルアーツの視点や感性が重要だと言えます。ビジネスに限らず私生活のあらゆる場面でも示唆を与えてくれるでしょう。

価値の創造から衰退に至るスピードが速い

現代では、あらゆる市場においてテクノロジーとサービスの進化スピードが速く、価格競争のサイクルも短くなっています。そのため、市場・価格・性能の特定領域に特化した企業が一時的にシェアを奪うこともあります。この結果、市場全体に競争が起こり活性化し、一気に投資が集まります。それにより新しい製品が短期間で数多く登場するというサイクルが形成されます。

これは、企業や人々が迅速な投資のトレンドに追随し、商品やサービスの消費・衰退が急速なサイクルになっていることを意味し、実際には価値が創造されているのではなく、価値の消費生産が主体となっているのです。

上記の状況は、コモディフィケーション・コモディティ化と呼ばれ、新商品が短期間で汎用品になる時代です。そして、主に機械やAIが汎用品化に取り組んでいると言えます。

このような状況を改善するには、広範な教養であるリベラルアーツが役立つのです。リベラルアーツによって、固定観念や目の前の現象に捉われることなく、思考の基盤を形成することができます

単調な作業はAIが担当してくれるため、人間が行うべきことは、価値の創造に集中することです。ここでの「価値」とは、投資対効果を指すのではなく、顧客自身や私たち自身が魅了される要素を分析し、それを創造することを意味します。価値は創造されるものであり、今後はこの創造という分野に人間が従事することを確認しておかなければなりません。


このような意味において、今まで投資が集まらなかった美学や音楽を含むリベラルアーツは、価値創造に大きな手がかりを提供してくれることは間違いありません。ビジネスにおいてデザインや美学が取り入れられ始めていることも必然であるとも言えます。また、ビジネスパーソンが絵画や芸術という「美学」に着目し始めていることも、一つの流れといえるでしょう。

実は、この美学こそが従来の日本の職場に最も欠けていたものであり、言い換えれば他社に先駆けて、美的感性を社員に広めることができる職場は、それだけに有利に立つことができるということです。リベラルアーツを意識しているかどうかが、今後のAI時代を生き残るかどうかの分かれ道と言っても過言ではありません

複雑なことを複雑に引き受けることができなくなった

現代社会では、インターネットの普及によりSNSをはじめとした伝達ツールが人々を繋げ、情報化社会の様相を強めています。物理的・空間的な制約からの解放により、コミュニケーション・情報伝達・物流などの利便性が向上しました。しかし、その一方で複雑で対処困難な状況に世界中の人々が曝されているのです。

また、現代のテクノロジーの進歩は急速で、人間の能力が追いつけなくなっています。とくに情報に関しては顕著であり、個々の情報を複雑なまま受け取り、深く考えることが困難になっているのが実情です。

とはいえ、情報が溢れる現代社会では、複雑な事柄をそのまま理解することは難しいものです。溢れかえる情報を受け取っている現代人にあわせ、単純化されたニュースや注目を集めるために作られたバズワードなど、考えることを最小限に抑えた形で情報が提供されているためです。

そこにリベラルアーツが入り込む余地はありません。テクノロジーの利便性と引き換えに、リベラルアーツにおける「自由」が失われており、企業活動やビジネスシーンにおいては、それがますます顕著になる傾向があります。今後のAI時代においては、リベラルアーツを常に意識しておくことがビジネスのパターン認識から脱却するきっかけとなります。


ビジネスの実践においても、複雑さを避けようとする傾向があります。しかし、低解像度の仮説や中途半端な実践や議論は、最初からAIに入力して結果を得る方が良いかもしれません。独創的で創造的な活動をするためには、物事の複雑性を受け入れ、理解し、吟味し、アウトプットに繋げる必要があります。単純化された活動はAIが得意とする分野であるため、人間がAIと異なる役割を果たすためには、物事の複雑性に真正面から向き合う必要があります

リベラルアーツはこのような情報の取捨選択に役立ちます。広範囲の教養から必要な情報を選び取り、掘り下げる知恵やスキルを身につけることが可能です。複雑な状況になればなるほど、選び取る判断力が重要になります。この判断力は価値に基づいており、価値の基準がなければどの情報を選び取るべきかが分からなくなってしまうでしょう。

多様な価値観と技術を持つ人たちとのコラボレーション

社会の多様化が進んでいる現代社会では、経験・立場・性別・国籍など、さまざまなバックグラウンドを持つ人と関わる必要があります。つまり、ビジネスの現場では、今まで以上にコミュニケーション能力が重要となります。

部署・組織の壁を越えた提携や連携が頻繁に行われる中で、ビジネスパーソンや企業・組織は多様化した社員・関係者の異なる視点・文化・考え方を受け入れ、協力し合うことが必要です。そうでなければ、変化の激しい現代のビジネスにおいて企業が生き残ることは困難であり、さらにビジネスパーソン一人ひとりが時代にマッチした成長を遂げることもできません。

つまり、これからのビジネスパーソンは、「越境」しなければならないということです。近代社会の後に、ポストモダン社会が来ると予言した哲学者たちは、一様に近代の枠組みを壊し、その境界線を飛び越え、見たこともない他者とコミュニケーションし、コラボレーションする社会システムを提示しています。

自分と同じ考えを持つだけで関係を構築する時代は終わりを迎えます。理念・ゴールを共有しながらも、異なるバックグラウンド・視点・思考を持つ人々が連携することで、創造的な商品・サービスの開発提供、企業としても時代に適した事業展開を行っていかなければなりません。リベラルアーツはそういった異文化コミュニケーションの領域でも効果を発揮する学問であり、修辞学・心理学・歴史学などの教養を身に付けることで、多様化する人々を受け入れる土台を形成できるのも強みです。

リベラルアーツを習得するには

リベラルアーツは、自己の認識や解釈を客観的に見つめ直し、理屈にとどまらず人間が持つ根本的な能力である「感性」を磨き広げる学問です。従来の認識や解釈では難しい現代のビジネスにおいては、感覚的な視点を取り入れることで、新たな切り口や柔軟な姿勢で問題や課題に向き合うことができるようになるメリットがあります。

感性・直感を磨く

リベラルアーツを学習する上で大切なポイントの1つ目は、物事の意味を理解しようとするのではなく、あるがままの様子を見る・聞く癖を付けることです。つまり、五感によって感じ、直観でじっくり観察するということです。

何か物事を受け取る時、その状況による条件的な制約を受けたまま理解しようとすると、バイアスや思い込みに捉われる可能性があります。

若い女性と老婆の両方に見えるだまし絵などが良い例で、このような絵は、「どちらにも見えるように描かれた絵」というのがその正体でありながら、頭で理解しようとすると、どちらかに見えてしまう現象が起こります。しかし、直感に従いじっくりと観察すれば、だまし絵そのものの持つあるがままの様子=「どちらにも見えるように描かれた絵」がわかり、バイアスや思い込みに囚われにくくなり、自由で柔軟な発想や解釈がしやすくなります。


言い換えれば、どちらにも見える筈の絵でありながら、若い女性に見えてしまったり、老婆に見えてしまったりすること自体が見る人の偏り、つまりバイアスを示しています。リベラルアーツを学ぶ目標は、このどちらかの執着から解き放たれ、どちらにも見えるということを軽やかに認識することです。

現代の教育は、物事の理論を含めて丸暗記させることを重視していますが、物事の解釈は個人によって異なるということが大前提です。たとえば、論語や万葉集などの書物も、書かれた内容の意味を含めて作品そのものを表しており、作品の外側の社会的要素からは自律しているべきです。それゆえ、読後の感想や解釈は人それぞれ異なるものとなります。バイアスや先入観を持たずに内容を理解するためには、初めて読む際に一気に理解しようとせず、そのままの状態を直感的に素読することが重要です。

直観で全体像をつかみつつ知っていることから内容を理解し、数珠繋ぎのように理解の範囲を広げることで、浅い解釈やただ暗記ではない深い理解を得ることができるのです。

この時、1回の読書で理解しようとするのではなく、何度も読み返すことで理解の範囲を広げることも大切になります。

芸術作品には、繰り返し触れることが重要です。一回の接触ですべてが手に入るという経験は芸術の受け手にはあまりありません。日常的に芸術に触れ続けることにより、最初は何も感じなかった絵や物語に触れる回数が増えるにつれて理解が深まります。そしてある日突然、その作品から大きなインスピレーションを受けることがありますが、これはある日突然のように見えて、それ以前の日常的に作品に触れていたことの蓄積が一定レベルに達して、そのインスピレーションをもたらしたと考えるべきです。

絵を見る際には、人々はパターン認識によって「この絵は写実的だ」「モダンなテイストだ」「アバンギャルドだ」といったように分類します。しかし、感性を磨き、広げておくことで絵を見る際のパターン認識の多様性と範囲が広がり、異なるパターン認識の組み合わせによりオリジナリティ豊かな感想が生まれやすくなります。これこそが創造性の源泉であり、オリジナリティやユニークにつながります。感性と直感を養い、磨くことはリベラルアーツを学び獲得するための基礎でもあり、重要なことです。


思考と視点を拡大する

リベラルアーツを学習する上で重要なポイントの2つ目は、現状の思考を変えることです。社会や時代を俯瞰すると、人々は無意識の中でその時に出会う言葉や物体、出来事が持つ思考体系に従っていることがわかります。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは彼の著書「言葉と物」の中で、このメタ的な思考体系を「エピステーメー」と提言しています。思考を変えるためには、まず自分が無意識にこの「エピステーメー」に従っているという状態を認識することが重要であり、それによって自分自身の思考を理解することができます。

別の言い方をすると、ある時代や社会では、人々の思考を必ず何らかの「エピステーメー」が支配しているということを示しています。分かりやすいのが図鑑です。図鑑は動物・植物・歴史など分類がされている上で各テーマの中でも詳細に分類されていますが、その分類の方法によって社会・時代の「エピステーメー」が見えてきます。

16世紀頃の図鑑は分類がされていませんでしたが、17世紀・18世紀と進むごとに外見・中身などで分類されるようになり、哺乳類や爬虫類といった分類からもさらに細かく分けられるようになりました。つまりは人々の動物や植物に関する常識=思考体系がアップデートされた経緯があります。

このように、図鑑一つを取っても、分類の流れによって社会・時代の人々の思考体系を支配する「エピステーメー」が見えてくるのです。


自分自身の思考を支配している「エピステーメー」を理解するためには、文章や絵によるアウトプットが効果的です。具体的な言語でモヤモヤした思考を表現したり、絵によって視覚化したりすることで、自分自身の思考を観察することができます。

これは、自己反省や振り返りの状態である「リフレクション」と呼ばれるものであり、自己理解を深めるためにも役立ちます。また、この時には自分の表現を他人と共有し、フィードバックを受けることも有益です。これにより、自分自身に囚われていた「エピステーメー」を客観的に見ることができるでしょう。

思考を変えるためには、自分の認識を自分で見るというメタ視点が重要であり、認識している自分を認識するという二重のプロセスを経ることが不可欠なのです。


感性がイノベーションを生み出す

感性を磨き、広げることによりパターン認識の数や情報量が増え、その組み合わせによってオリジナリティのある商品・サービスが生み出しやすくなります。

上記における重要なポイントは、真のオリジナリティを持つものとは、ゼロから新たに作り出すものではなく、過去の商品や情報、またはコンテンツなどを組み合わせて変化させることによって創造されるものであるということです。

たとえば、Apple社のスティーブ・ジョブズが仏教や日本に伝わる禅など東洋思想と機器をコラボレーションさせ、UIが極めてシンプルなiPhoneが誕生しました。このように「仏教と機器は関係ない」というような思い込みを捨て去ることがイノベーションにおいては重要です。


ビジネスにおいては、感性を広げることで引き出しが増え、思いもよらぬアイデアや切り口がたくさん出てくることも多いでしょう。感性を広げるにはまずインプットが重要で、小説・映画・絵画などを観察して感性を磨いたり、人と会ったり読書するなどして思考を広げることが大切です。


しかし、それだけでは十分ではありません。インプットをする際に自分が何を得たか、何を感じたか、自分がどう感情的になったかをアウトプットすることが重要です。文章にまとめるのも良いでしょうし、イラストや作品を通じて表現するのも効果的です。感想や学んだ知識を誰かに話してみることも、感性を広げるためには効果的な手段です。

こうした会話を日本企業は、ビジネスと関係のない無駄話として切り捨ててきました。無駄がなく、余裕もなく、笑顔もジョークもない職場から、新しいアイデアなどが生まれるはずはありません。仕事にとって有益な雰囲気や会話が何かについて、従来のモダンな考え方では通用しない時代は既にやってきています。

まとめ

機械的・事務的な業務はAIによって自動化され、人間が担当する業務の領域が創造性へ大きく舵を切ることは避けて通れません。考えようによっては、これは素晴らしい事であり、数世紀前には、社会エリート特権であった創造的な仕事に、私達がみな携われるという事でもあります。これは、皆多かれ少なかれクリエイティブな仕事や業務、価値創造に携われる という事であり、日々の作業をより刺激的でわくわくさせていく事でもあります。

次回は、現代のビジネスに有用で学ぶべきリベラルアーツ5選を紹介します。

リベラルアーツは、職場の業績だけでなく、雰囲気や勤務態度さえも変える力を持っています。自己の成長と企業の未来を考える上でぜひ参考にされてみてください。