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I Love You

この週末、33年追いかけ続けている小田和正さんのコンサートへ行く筈だった。

ところが息子が急な発熱。
COVIDを疑って検査したところまんまと陽性反応で、念のためにと私も検査したら薄っすら陽性。
全くの無症状だけれど、予定は断念した。
陰性だったとしても、周囲に2週間以内に感染した者がいれば来場は見合わせる決まりではあるので、どちらにしても致し方ない。

同じ状況でもきっと誤魔化してでも来る人はいるのだろうけど、33年真摯にファンをして来たのだから、ここでルール違反は犯したくない。
もちろんご本人の知るところでは無いことだけれど、ここで私欲に走ればいつも会場で見かける一部の迷惑な追っかけファンと同等になってしまう。

これまでの33年間を自ら否定し、蔑める行為は断じて出来ない。
何せ小田さんという人は、とにかく曲がったことが大嫌いで、少しでもこちらが手を抜いたり誤魔化そうとしたなら、穏やかに、でも的確にぴしりと突いてこちらの衿を正してくれるような人なのだ。
たとえご本人に伝わらなくても、後ろめたさを抱えて会場に居ることはしたくない。


そんなわけで、体調はすこぶる万全なのにコンサートに行けなくなって空いてしまった時間を、積読本を消化したり英語のPodcastを聴いたりする時間に充てている。

昨夜は加入している有料放送で鈴木雅之さんの公演をLive中継していて、それをずっと観ていた。
中盤で小田さんが提供した「別れの街」を歌われていて、何て良いタイミング!と思わず笑みが溢れる。

この曲はオフコース解散後、自身のソロ活動に入る前に依頼されて書いている。
1989年、まだバブルの残り香がする頃。
地方の中学生だった私には遠い存在の都会の空気は「Little Tokyo」で感じたものと同じで、そこには自分の手の届かない大人の世界が広がっているのだ、と憧れにも似た想いを抱いていた。

久し振りに聴いた曲の歌詞を改めて見てみると、あの頃は気づけなかったことが浮かび上がってくる。
鈴木雅之さんにはこのあと、「First Love」「夢のまた夢」と提供していて、そのどれもが総じて“分かりやすく女々しい“。
こんなこと書いたら怒られそうだけど、本当に女々しい。
かつてオフコースの曲をタモリさんが“女々しい“と言ったとかで小田さんと険悪になったという“事件“があったけれど、オフコースの曲は女々しい部類には入らないのではないかと思うほど。

まず、自身の曲には使わないような言葉、言い回しが並んでいる。
きちんと鈴木雅之さんのイメージに合った心情の切り取り方をしているし、展開もドラマティック。

オフコースや小田さん自身の曲ならば、恋を失った内容でももっと冷静に客観的に、ともすれば冷たいと思うような歌詞が並んでいるし、一見すると女々しさを感じない。
ただ叙情的だと受け取る人が多いかもしれない(その中から“女々しさ“を感じ取ったタモリさんは、とても鋭いと思う)。

この3曲を小田さん自身が歌ったバージョンを、以前コンサートで聴いたことがあるけれど(その時はご自身で歌ってくれたことを嬉しく思ったけれど)、やはりこれは鈴木雅之さんの為の曲で、普段の小田さんの表現にないものなのだと今は思う。

一番の違いは“愛してる“という歌詞ではないかと思う。
オフコース時代に“I love you“は歌っているけれど
これはご自身の結婚にまつわる曲なので特別として。
“愛“そのものについての歌詞は沢山書いているし、“愛している“という歌詞はいくつか(と言っても記憶している限り50年以上のキャリアのなかで数曲のみ)あるけれど、誰かにダイレクトに伝える形でのストレートな“愛してる“は、自身ではほぼ歌っていない。

書き手である小田さんの内側にある“オトコの女々しさ“の一端を少し垣間見せてもらったように思う。
それなりに人生経験を重ねて、あの頃遠い場所だったこの東京という街で暮らしている今の40代の私には、その“女々しさ“もチャーミングに映るけれど。
でもそれでも、いつもの小田さんらしい、真っ直ぐで少しシャイな性格そのままの“端正な“歌詞の方が何となく安心する。

間もなく2日目のコンサートが始まる。
今ではお約束のように歌われる「Yes-No」の“君を抱いていいの“というフレーズは、1982年当時は『なんてお下劣な!』と苦情が来たと言うし、コンサートで“君を“に合わせて客席を指差せば、その一角から悲鳴が上がって失神するファンも居たという。

アイドル並みだったのだ。
“愛してる“なんて直接的過ぎて、情緒がないじゃないの、と30代の小田さんは思っていたかもしれない。

そんな人が40代になり、バンドを解散して初めて請け負った他人のプロデュースという仕事で、冷静に要求を見極め、鈴木雅之さんの声やイメージ、あんな強面なのに、誰よりも生真面目な人だというパーソナリティーや、その中に潜む女々しさを的確に表現したということは素晴らしいと思う。
その証拠に、この3曲はファン投票でもいつも上位に入っているという。

自分では絶対に口にしないだろう言葉を、書く。
ひとえにそれは、小田さん自身のプロデュース力と懐の深さ、そして決して普段は見せない“男としての一面“であるように思うのだ。

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