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「悩みがない」と言う人はただの強がり。自分と折り合いがついていない人

世の中には、不安があってはいけないと思っている人がいます。
そう思っている人は自分のことが認められない人で、現代社会でとても増えているらしいのです。

でも、どうしていいかわからなくなることは誰にでもあるものです。そして、その原因や正体がわからないと不安になるのです。

養老孟司先生曰く

人は不安に決まっている。それはそもそも生物学的に人間に与えられている。まずそんなものはあって当たり前ということを自分で認めるべき。

不安になるのは普通なんです。あって当たり前。
なのに、不安があってはいけないと思う人が増えているというのはどういうことでしょうか。

前回の記事で、悩み相談をしない人の中に、悩み相談をするということになにか否定的、ネガティブな印象を抱いている人がいると書きました。

「不安があってはいけない」と思う人と「悩みはない」と思う人は、どちらも同じで、「不安なこと」、「悩むこと」に対してネガティブさを抱いていて、否定的に思っているのだと思います。

でも、不安がない人なんていないのです。

不安に対しては否定的だと、不安になっている自分にも否定的になります。
それが、自己肯定感が低いことなのです。

養老先生はこう言っています。

そういう人は、自分のことが認められない。自分のことが認められないというより、自分のことを素直に受け入れられない。自分のことがわかっていない、受け入れていないから、不安を受け入れない。

こういう人と話をしていると、よく「悩みはないんですけど」と言います。

確かに人は、親しくない人にいきなり悩みがあることを打ち明けたりしませんが、それでもわざわざ「悩みはないんです」と言わなくてもいいと思います。その口ぶりを聞いていると、どうしても強がっているかごまかしているとしか思えないのです。

私は、自分の弱みを人に見せられる人が好きです。そういう人はきっと、自分に折り合いがついているのだろうと思います。
そういう人のほうが、とても余裕があるように見えます。そういう人は自分の話をします。そして、そういう人の話はもっと聞きたくなります。

自分に折り合いがついていない人は付き合いにくい人だそうです。

自己肯定感が低い人は、自分の話をしたがりません。

不安なんてものは受け入れていい。
あって当たり前だという気持ちにならなければ、本来いけないもの。
それがむしろ人間。

養老孟司談

そんな人は、周囲の人にまず自分のことを話すことを始めるといいと思います。
ただ、人に対して、急にこころを開くのは難しいもの。
だから、「雑談」をお勧めします

「雑談」のなかで自分の話を少しずつするのです。
なにも悩みをいきなり話さなくてもいいのです。自分の好きなこと、嫌いなこと、世間に対する意見、趣味の話、子どもの頃の話、学校の時の話。両親の話。
そうしていくうちに、自分の不安や悩みも話すタイミングがやってくるのです。

マンツーマン雑談やってます。
近々、お試しコース始めます。



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