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【詩】おにさん、こちら


いつの間にかほころんだ糸は、どちらに引いてもあの頃のように固い結び目になることはなくて。するすると自由に花から花へ移りゆく蝶のように、あの子は遠くへ駆けていく。時折こちらを振り返りながら、試すような眼差しを向けながら。

悪戯な笑みは知っている、私が何を求めているのか、どこへ行きたいのか、どう在りたいのか、嗾けている。追いかけなくていいのかと。
カーテンの裾がひらり、揺れる。新緑の波間からこぼれる午後の日差しはおそろしいほど穏やかで、あの子の清廉潔白な無邪気さを引き立てる。

私の両腕で抱きしめ、手のうちに捕らえられたなら。これ以上の幸福などないのだろう。だから待てとは言わない。ただ、口にするのは私の蜜だけにして。惑わせるのも翫ぶのも全部、ぜんぶ私だけに--
甘やかな香りを運ぶ風が「続き」を急かす、あの子に呼ばれている、ほら。


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