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レクター 広木大地さん「経営と技術陣のズレなくし、GAFAに一矢」 | CTOに会う

こんにちは。SOLMUアドバイザーの村野です。
GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)に象徴されるソフトウエア企業が世界を席巻しています。かつてものづくりで世界を席巻した日本の製造業にとって、経営と技術をどう結び付けて成長につなげていくのかが大きな課題です。このテーマはCOMEMOでも何度となく議論になってきました。経営陣とエンジニア間の認識のずれを解消するにはどうすればいいのでしょうか。「エンジニアリング組織論への招待」(技術評論社)の著者で、さまざまな企業の技術組織アドバイザリーを務めているプロCTO(最高技術責任者)、レクターの広木大地取締役のロングインタビュー<前編>です。

レクターは2016年6月設立。渋谷にオフィスを構え、上場企業や大規模なベンチャーのCTOを経験した4人で構成する会社です。IT企業やこれからITに対応する組織を作りたいという企業に対するコンサルティングやメンターを手がけています。誰もが知る大企業からベンチャーまで約10社と取引しています。「CTOの知見やノウハウを世の中に広く伝えていきたい」(広木さん)。社名の由来は「re:CTO」、CTOを再現するという意味です。

知見をシェアして共有するときに難しい問題に直面します。経営者やCTOに対して会社の外の事情やマーケットの経験などの知識を提供していき、技術組織を診断。補強ポイントやずれている点を直していきます。

ーー多くの企業が技術やエンジニアリング組織をどのように扱えばいいのか悩んでいます。
 
経営者と技術者の現場の齟齬(そご)やコミュニケーションの失敗がたびたび起きている。経営も技術やエンジニアリングの理解が足りないと、何が正しいのかわからなくなっている。現場が怠けて言っているのか、本当に大事なことをいっているのか徐々にわからなくなっている。
 
ーー今、エンジニアの採用市場は平均で7~8倍、東京都内の場合、求人票は20倍~30倍です。今はヘッドハンティングの対象が3年目くらいの人から対象になっています。それでも足りない状況です。

この市況感に対応できていない企業は多い。なかなかエンジニアは来ないし、せっかく来てくれた人もコミュニケーションのミスや考え方のずれで抜けてしまう。
逆にエンジニアのなかでも特段にスキルが高いわけでもないのに、うまく会社に取り入って、わがまま放題やってしまうケースもある。
本来、これは1990年代に払うべきツケだった。90年代にユーザー企業がソフトウエアに投資をしなきゃ、と世界中が気づいた時、日本の企業はソフトウエア会社に集中してユーザー企業が発注能力を持たなくても、中間にSIやITサービス企業が入ることでなんとかなっていた。
ユーザー企業が甘やかされてきた。「経営とITをどういうふうに使っていいか」というノウハウをこの20年、30年持っていなかった。それでもなんとか成立していた。
その間に世界中の企業はITをどういうふうに活用すればいいのだろうというのを学んだ。経営のスタンダードの考え方や状況が大きく変わってきた今、日本の企業が「発注書よりいいものができなそうだ」と20年~30年ずれて言い始めている。でも発注能力がない。このツケを払わなきゃいけない状況だ。

■2025年の崖

ーー広木さんが危惧しているのが2025年の崖(がけ)。経産省が発表した調査「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」によると、作りっぱなしでメンテナンスできなくなってしまったソフトウェア(レガシーソフトウェア)が与える経済的な損失金額が2025年以降に毎年12兆円に及ぶそうです。


技術的な負債、レガシーのツケが年間12兆円。五輪3、4回分の開催経費に相当する。こうした無駄をシステム投資でやり続けているのが今の日本。これに対し懸念を感じている。
ベンチャーの中で最初からエンジニアリング組織を作るという経験を持つ企業が徐々に増えてきたが、ほかの国々と比べてやっぱりベンチャー自身が育ちにくいという土壌がある。すでに大きく育っている会社は「自分たちが再度、イノベーションを起こそう」と思ってもキャッチアップできないほど断絶が生じている。日本にとってもすごく大きな損失だ。
世界に戦える土壌を作るのは重要な反面、アセットの大半とか優秀な人の大半は大手に行く傾向にある。大手の国内企業と外資企業が人材を取り合っている。優秀な人材はグーグルやアマゾンに行くと初任給1000万円からスタートしてすぐに上がっていく状況なのに、日本の大手に行っても30、40代にならないと1000万円を超えてこない。それがIT人材に対して当たり前になっている。自由度や裁量が少ないままで。
見ている限り学生のレベルにしても、エンジニアのレベルにしてもシリコンバレーや深圳(セン)に後れを取っているかというとそうではない。普通に優秀な人は優秀。分布はほとんど変わらない。なんなら日本のほうが優秀な人が多いのでは。にもかかわらず、イノベーション集積地にならない。東京みたいな大都市圏でそれが起こらない。「少なくとも一矢報いてやろう」。こう思って今の事業をやっている。

■ミクシイで経験したこと

ーー広木さんのキャリアの振り出しはミクシイ。執行役員として経営を建て直した後、独立しました。

僕のファーストキャリアはミクシイ。国産のSNS(交流サイト)で日本国内で広がった。戦略や戦術で成功、失敗はあったかと思うが、海外のSNS事業、フェイスブックとどう戦うのかというのを真剣に議論していた。
そこから戦略を変えてイノベーションを起こせるように組織を方向転換していくとか、経営戦略を書き直すということに関わってきた。ミクシイは今、メンバーの努力もあって、モンストもヒットし、持っている力が発揮されるようになっていった。
フェイスブックとミクシイはほぼ同時期にできた。ここの差はなんだろう。技術力の部分だけなのか、お金の流れだけなのか。そうではなくマインドや思考や文化。数十年間、ソフトウエアと向き合ってきた歴史の違いに差を感じるようになった。考えてきたことや、やってきたことの説明をまとめたのが「エンジニアリング組織論への招待」だ。

■ゼロサムゲームの弊害

ーーなぜシリコンバレーはベンチャー企業や新しいものが生まれるマインドを持っていて、それがソフトウエアとして結実していくのでしょうか。統合された文化として言語化されないけど存在しているものが、成長が繰り返されてきた場所にあるようです。

僕が生まれてから就職するまで日本の経済は低成長率。ほとんどゼロサムゲーム。出世競争の椅子の取り合いや同じ会社内、業界内でのパイの取り合いだ。伸びないものをどうやって取っていくか。「お金を儲けるとは人から奪うもの」というマインドが残ってしまった。
実際にはそうではない。ソフトウエア文化の源泉は「コピーしたら増えるもの」。分けたら増える。情報の世界は分け合うとその上にみんな新しいものを作る。結果、みんな得する。
オープンソースも経済の人たちからは「なぜ投資して作ってきたソフトウエアをタダで公開するのか。無駄じゃないか」との声が出た。でも、実際にはこれによってソフトウエアでできることの幅が増えビジネスも広がった。分けたことによって増えたのだ。情報の世界は「分けたら増える」。エンジニアの世界では情報を共有し透明にしてコミュニケーションを明確にしていくのが当たり前。当たり前の習慣だと思っている人たちはいい習慣を作っていく。
グーグルが最近、生産性に寄与するバロメーターとして「心理的な安全性」を挙げた。なにかミスや失敗や異常あったときに包み隠さず報告して、対応策を前向きに考えることだ。「隠さなきゃ」とか、「報告の仕方を考えなければ」という日本的ともいえる隠ぺいをしてばれるまで隠し通し、ばれたら「ごめんなさい」。こうなると、トップは何が起きているのか分からない。何が起きているのか分からないまま、組織を締め付ける。戦略の判断をミスしてしまう。
現場から問題が上がってこなくなる。どんどん情報が隠れていってしまう。現場に対する透明性がない。下からの情報が上がってこなくなる一方、上の判断も伝わりにくくなっている。隠すことが当たり前の社会になってしまっていて、これは「心理的な安全性」ではない。日本社会全般にいえる今の病理ではないかと思っている。
「隠せば隠すだけ増える」という錯覚が日本社会に蔓延している。それはゼロサムゲームをやり続けた結果では。いろんなものを隠すのが当たり前になってしまっている。オープンにすればするだけ増えるという文化圏では、いろんなイノベーションを引き起こせる可能性がある。

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広木大地氏
レクター取締役。1983年生まれ。筑波大学大学院を卒業後、2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社。技術戦略から組織構築などに携わる。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、15年に退社。株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして多数の会社を経営支援している。
著書「エンジニアリング組織論への招待~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタング」は第6回ブクログ大賞・ビジネス書部門大賞を受賞。


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