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親父を理解するのに26年かかった

「あなたは自分の父親を恐れていますね?」と言われた瞬間、目の前の占い師を信じてしまった。

高校生のころ、「よく当たる占いがあるらしいから行こう」と母親に誘われ、占いに行ったことがある。

「こちとら思春期だぞ、そんなものについていくか」と思ったが、「いつ結婚するかもわかるらしい」と思春期を理解している母上の言葉に釣られたのだ。

そりゃ、いつ結婚するかは知りたいじゃん。

ちなみに僕はまったく占いを信じないタイプだ。
めざましテレビの占いで12位だったのにも関わらず、第一志望の高校に受かったときから、占いを信じなくなった。

それでも占い師が開口一番に父親のことを言ったときは、「なるほど。よく当たる占い師かもしれない」と思った。

「あなたは父親のことを恐れていますね?」は、僕にとってそれくらいのインパクトだったのである。

恐怖8、謎だなと思う気持ち1.5、信頼0.5

それが高校生のころ、いやもっと前から僕が親父に抱いていたものだ。

物静か、多趣味、トイレが臭い、笑いのツボが一人だけズレている、何を考えているかわからない

そして、怒るとめっっっっちゃ怖い

それが我が家の親父だ

怒るときの、あの怖さはなんだろうか。
普段表情も乏しく、ボソボソ話すからこそのギャップなんだろうか。

親父が怒るときは、まるで何に取り憑かれたかのように、顔がカッと変わる。
手を上げられたことはないが、その迫力に圧倒され、幼い頃は怒られるたびに泣いた。

だから何か悪いことをしたときの、母親の「もうお父さんに言うからね」は死刑宣告だったわけで。
たとえ夕方であっても、1日の終わりを告げる言葉だったのである。

中学、高校と成長するにつれて、さすがに怒られることも減ったが、それでも「親父はこわい」という印象が抜け切ることはなかった。

それはもしかしたら、親父と共にする期間が短かったからかもしれない。

僕が小学生のころから親父は度々単身赴任があり、別々に暮らすことが多かったのだ。

そんな親父への印象が変わったのは、僕が大学生になってからである。

実は大学生になって間もない頃、初めての一人暮らしに慣れず、体調を崩したことがある。

4月は気を張っていたのでなんとかなったのだが、5月のGW明けがダメだった。

模範解答みたいな五月病になってしまい、大学に行くのが辛くなってしまったのだ。

GWで帰省したときに家の賑やかさを知ったのが良くなかったかもしれない。
一人暮らしのシーンとした雰囲気に耐えれず、どうしようもなく寂しくなった。

寂しさの限界を迎えたころ、思い切って家族にLINEを送った。

「ちょっとGW明けから体調が悪くて、もうダメかもしれない……」

男なのに情けないなぁと思いながらスマホを放り投げると、すぐにピロンと通知音がなった。

「父さんが明日出張のついでにそちらに行くそうです。話を聞いてもらってね」

母からのLINEだった。

え、親父が……?

物静かで、感情が読み取りにくくて、何を考えているかわからない親父が、下宿先にくる

それが理解できず、そして何を親父に話せばいいかもわからず、その日は寝ることにした。

翌日、午後7時すぎに親父は下宿先にやってきた。
スーツをきて、「駅でうまそうなものあったから買ってきた」と言いながら。

6畳間の狭い部屋に背の高い男が2人、テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。

思えば親父とこんなに近くで向き合うのは久しぶりだった。

しばらくの沈黙。
さて何を話せばいいのか……と思っていると、
「別にいつでも実家に帰ってくればいい。交通費は振り込むから心配するな」
とビールのプルタブを開けながら、ボソっと親父は言った。

じわじわと温かくなるような言葉。

僕のこれまでの親父像とはかけ離れた言葉で、本当に親父から出た言葉なのかと思ってしまった。

こういう言葉をかけられる人だったのか……。

親父のこれまで見えていなかった思いやりが、少しだけ見えた瞬間だった。

親父らしい思いやりの解像度がさらに上がったのは、実は最近の話である。
つまり26歳になってからだ。

体調を崩して休職をしたときに、「もういっそ復職も転職もせずに、ずっとやってみたかった独立に挑戦しようか」と考えがよぎった。

このような考えを思いついてしまうと、どんどん思いが強くなってしまう性格である。

自分のなかでは独立方向で勝手に話が進んでいるとき、ストップが入った。

「そんな危険な道を進まないで。母さんを心配させないで」と母親が涙声で訴えてきたのだ。

実家に帰るし、「一応報告しとくか」くらいの気持ちだったので、思いがけない母親の反発にはびっくりした。

「いや、もう26歳だし、俺の好きなようにやらせてよ」というのが本音だったが、今まで育ててくれた恩もあるし、母の気持ちを無碍にはできない。

「お父さんに言うからね」と久しぶりに母親に言われ、単身赴任で神奈川に住んでいる親父に母が電話をかけ始めた。

こりゃあ転職か復職方向で考えるかなぁ

電話をする母親とは別部屋でそんなことを思いながら漫画を読んでいると、母が「父さんが電話代われだって」とスマホを渡してきた。

父「お前、転職も復職もせずに、独立したいって本当か?」僕「うん、まあ」父「それは見込みがあるのか?」僕「2年くらいやればなんとかなると思う」父「そうか、わかった。母さんに代わってくれるか?」

久しぶりにカミナリが落ちることを覚悟していたので、状況を理解できずに母に電話を代わると、ほどなくして電話が終わったようだった。

電話を切り終えた母親は再び僕の部屋に入ってきた。

すると母親は不服そうな顔をしながら、
『あいつにはあいつの人生がある。見守ってあげよう。もしお金が足りないようなら貸してやれ』だって」
と親父から言われたことをそのまま僕に伝えた。

それを言われたときの僕はどんな顔をしていただろう。

「あ、そう……」としか返事ができず、固まってしまった。

親父。

物静か、多趣味、トイレが臭い、笑いのツボが一人だけズレている、何を考えているかわからない、怒るとめっちゃ怖い

それが僕の親父のはずだった。

もしかしたら、今までちゃんと親父を理解していなかったのかもしれないなぁ。

大学生のときには、本当に困ったときに手を差し伸べてくれる思いやりを見せてくれて、

社会人のときは、息子のやりたいことを尊重して見守る思いやりを見せてくれた。

これまで見えてこなかったのは、親父の不器用さなのか。それとも自分が子供だったのか。

ともかく親父の、親父らしい愛情(というのはちょっと大げさかも?)が、26歳になってようやく理解できた。

「25歳に結婚します」と言っていたのが大はずれしているのを考えると、あの占い師がよく当たるはウソだ。

しかし占いを終えるときに、「気(運気みたいなもの?)は変わっていくので、数年後に占うと違う結果が出るかもしれない」と逃げ道を作っていた。

なので最新版の結婚年齢を知るためにも、あの占いに行きたいのだけれど、また同じように「あなたは父親を恐れていますね?」と言ってきたら信じないことにする。

それはつまり、
気が変わるのと同じくらい、親父に抱く印象も変わるということだ。


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