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文字だけの、見えない君を探してる。 第十二夜 嫉妬?

まだ、『ことだま』での出来事が頭から離れないでいる。
しかし、今日わたしには行かないといけない場所がある。
金曜日の夜が来た。確かめなくては……

しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは、店内を見回すと、すでに小鯖の姿があった。
かなえは小鯖の隣へと向かった。

「かなえさん!嬉しいなぁ。まさか、かなえさんから隣に来てくれるなんて」

「あの……、小鯖さんって右利きですか?」

「はい?まぁ、はぁ……」

かなえは鞄からメモ帳を取り出し、小鯖の前に突き出した。

「ここに、左手で文字を書いてもらってもいいですか?」

「はい??」

「『鋤柄』って書いてもらっていいですか?」

「左手で!?難しいなぁ……。これ書けるかな……?サイン集めでもしてるんですか?なら、僕の名前小鯖なんだけど……。かなえさん、この文字がお好きなんですか??」

ぶつぶつ言う鯖に、左手で“文字”を書かせてみた。
それは、想像以上にとんでもなく下手クソだった。
“文字”というよりは、汚い落書きだった。
これは絶対に鋤柄さんではない!!
ついに証明された!!
これで、安心してお寿司が喉を通りそうだ。

回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

そうだ、今日このノートで尋ねてみるという方法がある。
鋤柄さんに、マグカップの絵柄はいつもどちらを向いているか、是非尋ねてみよう。

かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
かなえは、ノートを開く。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

『そういえば、かなえさんに聞きたいことを書くのを忘れていましたね。あなたにはもう、素敵な方がいるのではありませんか?』

!!!
えっ……、鋤柄さん!?
なにそれ!?どういうこと??
てか、これが、鋤柄さんからのはじめての疑問文!?

なんで知ってるの?知ってるってのもおかしいけど。
これって、横で鯖を食べるこの鯖男のこと?
いや、それとも大河原さん!?
違うの、これは!!
待って、鋤柄さん、一体どこで見てるの!?
まさか、今、この中に鋤柄さんがいる!?

かなえは、立ち上がって辺りを見回す。
周囲は黙々と寿司を食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。

ダメだ、もはや全員が鋤柄さんに見える……。
もしかして、鋤柄さんは、わたしのことを知ってる??
わたしが“中条かなえ”だって知ってる??
でも、その可能性は十分にあった。
何故ならわたしも“鋤園直子(仮)”だからだ。
知ってて近くで見ている可能性だってあるんだ。
鋤柄さんは、いつも身近でわたしを見ている人?
急に怖くなった気もする……。

え?というか、これ、鋤柄さん拗ねてる?
もしかして、嫉妬?これ、嫉妬してるの?
そんなことあるのかな……。
いや、そんなことあるわけない!
わたしはそんなイイ女じゃない。嫉妬されるような女じゃない。
なら、逆に恋のキューピット?
鋤柄さんは、この横にいる鯖男との恋のキューピットってこと!?
そんなの、めちゃくちゃ嫌!!

「あーー!鋤柄さん!!」

店内にかなえの声が響いた。
周囲は黙々と寿司を食べている。かなえの声にも変わらず無反応だった。
一人だけ反応したのは、隣にいる小鯖だった。

「大丈夫ですか!?」

わたしはこんな鯖男全く好きではありません!!!
わたしが好きなのは……
わたしが好きなのは、鋤柄さんです。

書けない……
そんなこと、このノートには書けない。
だって、鋤柄さんまた消えちゃうでしょ?

ん?あれ?これ裏にも何か“文字”が書いてある!?

かなえは慌ててノートをめくった。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの更に続きの“文字”が書かれていた。

『僕は、魚鋤なべをします。鋤柄なので。せっかくなので、今度は外に出て、河原で鯖でも入れて煮込んでみますか?』

かなえは驚きのあまり、ノートを落とした。

鋤柄……さん?
突然、こ……怖すぎる!!!
“河原”で“鯖”でも入れて!?!?
鯖って……この横にいる、鯖男のこと……!?
鯖を煮込む!?
河原で?河原って……あの大河原さん!?

怖い怖い怖い!!
え、どういうこと!?
こんな鋤柄さん、見たことない!
まぁ、本当に一度も見たことないんだけど。

鋤柄さんの、はじめての質問は恐ろしいほど怖かった。
え、これ……。わたし、どうお返事するの???

結局、お寿司は喉を通らなかった。
あの、わさびなすですらも。

“鋤柄さん、『ことだま』にも行かれてるんですか!?”
その返事は、直接ノートには書かれていなかった。
けど、ノートの“文字”が全てを物語っていて、鋤柄さんはわたしの全てを知っているかのようだった。

かなえはしばらく考えた。
そして、ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように続きを書いた。

『わたしは、ラーメンが鋤です。お寿司が鋤です。そして、目に見えないものが鋤です。わたしはやっぱり怪人じゃないみたいです。素直に生きられない。このノートの中でだけ、鋤柄さんの前でだけ、わたしは素の自分でいられるんです。』

かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。

かなえは、好きなのは“小鯖”でも“大河原”でもないと思わせることに必死だった。
鋤柄の“文字”は怖かったが、これでまた鋤柄が消えてしまうことも怖かった。
好きだとは書けない。逢いたいとも書けない。
“好き”と書けないからこその、せめてもの“鋤”だった。

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