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手紙小品「巡り合う春によせて」


拝啓 家のプランターから チューリップがにょきんと顔を出しました 三寒四温を越えれば 愈々春も本番でしょうか


 今日は穏やかに晴れました。車の窓から入る風は、頬に触れては心地良く、なんだか無性に懐かしくて面映ゆい気が致します。私の心の何処かに、このほの温かい風に触れては揺れる思い出があるのでしょう。判然とは思い出せないのですけれど、ただ懐かしいのです。こう考えますと、人の記憶と云うものは、面白いものですね。
 あなたの胸に、この風はどう響いていますでしょうか。もしも同じように、心地良さを感じていて下さるならば、とても嬉しく思います。


 さて、街へ瞳を向けますと、人々の装いもすっかり春のおめかし決め込んで、楽し気な顔があちらへこちらへ通り過ぎていきます。ひょっとすると、昨日は涙の一日であったかも知れません。仲間との門出の日であったかも知れません。けれども今日は、笑顔で街を歩くのです。そうしてその隣には、やっぱり笑顔があって。そんな人々の人生の、擦れ違った刹那へ思い巡らして、私は春と云う季節をじわり実感して居ります。


 あなたの場合はいかがでしょうか。卒業の予定は、出会いの予感は、春のときめきはございますか?この歳になると、早々卒業する事もありませんし、一年を早い早いと云う間に過ごしてしまいがちなのですが、それでもこうして、例えば手紙を書く事で、例えば一日のうちのほんの数分日向へ立ち止まってみる事で、優しい春を知ることが出来ます。山裾の野花、雲の移り変わり、ポストの足元のコンクリ割ったタンポポ、おばあさんの散歩、幼児の歓声、猫の喧嘩、夜空にしても表情を変えています。そう云えば夕べの月はみたらし団子のようでした。団子と云えば、食卓の彩りなども、そう云うものの一つですね。


 春のときめき、なんて呼ぶには気恥ずかしいのですが、身近に聞こえる春の足音に、私は日々、心晴れやかに、時にわくわく、時にそわそわ致して居ります。


 そうだ、桜が咲いたら、お花見に行きませんか。私は春のお弁当を作ります。重箱に、春をぎゅうぎゅう詰め込んで、あなたに届けます。あなた好みの、だしのお味のしっかりついた卵焼きもちゃんと入れます。
 ああ、麗らかな春が待ち遠しいです。

 それでは、あんまり陽気に中てられて、体調など崩されませんように。それから、夜は未だ少し冷えます、どうぞ暖かくしてお過ごし下さいませ。 

                              敬具
    令和四年 三月
                               いち

あなた様





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