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ストローのなかの、ちっちゃいおじさん【短編小説】

【あらすじ】
今世紀最大の『ちっちゃいおじさん大宴会』の招待状の束をなくしてしまった、ちっちゃいおじさん。
”私”は、開催の危機をすくえるのか?!

 

***


マンションの下のコンビニで、アイスコーヒを買う。


レジで氷入りのカップを受けとり、機械にセットしてボタンを押すと、ガーッという音とともに、勢いよくコーヒーが出てきた。
そのあいだにフタとストロー、紙ナプキンを棚からとる。
まるで店員さんのような手際のよさに、ひとりでちょっと笑ってしまった。


大学もバイトも休みの日曜日。
昼過ぎまでのんびり寝て、メイクもしないでふらっと下のコンビニに来ていた。
一階にお店があるとついなんか買いに来ちゃうからやばいなあ…などと考えながら店を出て、ストローに口をつける。


…あれ?コーヒー入ってこない、と目をやると、ストローの半分くらいのところに、何か黒っぽいものが詰まっているのが見えた。


「ぎゃっ!虫?!」


あぶなくカップを落としそうになったけど、よく見てみたら…


「あれ…もしかしてこれ………ち、ちっちゃいおじさん?!」

半透明のストローに、ピーナッツくらいの大きさの、ちっちゃいおじさんが詰まっていた。
突き出たお腹がつっかえて、ジタバタしてる。


「うそでしょ…!!」


どうしようかと焦ったけど、とりあえずそのままマンションのエレベーターにとび乗り、部屋に戻った。



リビングのテーブルにコーヒーのカップを置き、顔を近づけてみる。

「やっぱり、ちっちゃいおじさんだ…」

スーツ姿のちっちゃいおじさんは、苦しそうにプルプル震えていた。
私がストローをカップから抜こうとすると、

『あっ、ちょっ!気をつけて…落ちるぅ…』


という、おじさんのか細い声が聞こえてきた。

「ごめんなさい!気をつけますんで落ち着いて…。ゆっくり、ななめに倒しますね」


私はさっきコンビニでもらった紙ナプキンをテーブルに敷き、ストローをそっと抜いてその上に置いた。


「もう大丈夫ですよ」

私がそう言うと、ちっちゃいおじさんはモゾモゾと動いていたけど、すぐに言った。


『…まことに申し訳ない。さっきから引っ込めてるんだが…は、腹がつかえちゃって…で、出られない!』


「えー、どうしよう…」


なんか細いもの…あっ!竹串で突き出す?…って思ったけど、そもそも、竹串なんて持ってなかった。 

『く、くるしい…もうゲンカイだぁ!』


ちっちゃいおじさんが、息を切らしながら言った。


『わ、悪いんだけど、あなたね、ちょっと、ストローで、ワタシを、吸い出して、く、くれませんかね?』

「えっ…?!えーと、でも…なんか…それはちょっと…」

私はギョッとして言った。吸うのにはだいぶ抵抗がある。

『ワ、ワタシなら大丈夫、ですよ!万一、飲み込んじゃっても、う、上手いこと、出てこられる、自信が、あるし…。もし、歯のスキマに、挟まっちゃっても、ちゃ、ちゃんと自力で、出られます、からね』

ちっちゃいおじさんは、ゼイゼイしながら見当違いのことを言っていたけど、ついに黙りこんでしまった。

(どうしよう…!息ができないのかな…)


早く出してあげなくちゃ、と私は焦った。でもその時、吸うんじゃなくて吹けばいいんだ!と気がついた。

「あの、ちょっと…吹いてみますね」

そしてストローをそっと起こすと口にくわえ、紙ナプキンの上に向かって、

フッ!!

と息を吹きかけた。

すると、

『ぐぇ!』


という声とともに、ちっちゃいおじさんがストローの先から転がり落ちてきた。
ちっちゃいおじさんは、しばらくはぐったりとしていたけど、やがてヨタヨタと起き上がった。


『…はぁ、はぁ…やぁ、どうも。ホ、ホントにかたじけない!』

ちっちゃいおじさんは小太りで、紺色のスーツに、よく見ると赤いネクタイを締めている。
ピーナッツサイズだということを除けば、ごく普通のサラリーマンといった感じだった。


『いやあ、まいった、まいった。実はね、さっきのコンビニで失くしものをしちゃって…。
それを探してたら、ストローにうっかりはまっちゃったんだよね。若い頃は、こんなヘマはしなかったんだけどなぁ!』


「あの…なにを失くしたんですか?」


『招待状だよ、宴会の。今回はワタシが幹事なの。…いやぁ、まいったなぁ』

世の中に、ちっちゃいおじさんに遭遇できる人は一定数いる。でもそれは、かなりレアなことだった。運が良ければ目撃したり、友達になったりできる。知り合いは最近、小柄なちっちゃいおじさんと仲良くなったらしかった。

私も前に、一度だけ見たことがある。小学校で教室の掃除中に、うっかりホウキではいちゃったのだ。
おじさんは豆のようにコロコロ転がってどこかに消えてしまった。
探したけれど、ついに見つからなかった。



今世紀最大の大宴会なんだ。日本中の ”ちっちゃいおじさん” が集まるんだよぅ。それなのに…』

「…日本中の、ちっちゃいおじさん?!」


ちっちゃいおじさんって、全部で何人くらいいるんだろう?
そんな、レア中のレアなものが開催されるなんて…!!


私はその宴会を、どうしても見たくなってしまった。


「おじさん!私もその宴会、見たい…っていうか、行きたいです!行ってもいいですか…?」


『おう!そうかいそうかい。近頃は飲み会に来たがらない若者が増えてるっちゅうのにねえ。…あ、でも君は未成年じゃないの?』


「いえ、二十歳です」


『そうか、じゃあぜひおいで…と言いたいところだが…。招待状が出せないと、宴会自体も…ああ!どうしよう…。あ、そうだ、君!!一緒にさがしてくれないかい?』


「いいですけど…どこでなくしたんですか?」


『コンビニのコーヒーメーカーのあたりかも…』


「じゃあ、すぐに行ってみましょう」


私はコーヒーをストローなしで急いで飲み干してから、おじさんを肩に乗せ、コンビニへ向かった。




『このあたりに、おじさんポストがあってね…』

ちっちゃいおじさんは、コンビニの雑誌棚の下あたりを指差しながら言った。

「…おじさんポスト?」

『ちっちゃいおじさんの連絡用ポストね。ゆうびんおじさんが回収するの』


「ゆうびんおじさん…」


『えーと、ここにいたときは、たしかに持ってたんだけどなぁ…』


私はコーヒーメーカーの周りや床を探してみたけど、見つからなかった。


『あ、ちなみにね、招待状は紙袋二つぶんに、パンパンに入ってるから』


おじさんは、小さい腕を目いっぱい広げて、大きさを伝えてきたけど、そもそもおじさんはピーナッツサイズだ。
正直、そんなちっちゃい紙袋、見つかるわけないじゃん、って思ってしまった。

だけど、『今世紀最大のちっちゃいおじさん大宴会』なんて、絶対に見逃したくない!!
私は床に顔を近づけて探した。

「あの…どうかされましたか?」

気がつくと、目の前に店員のおばさんが立っていた。

「あっ、えーと、あの…」

「何か落とし物?」

「あっ!はい、そう、あの…あっ!コンタクトレンズ…」

「あら、それは大変ですね。私も探しますね」


「あっ…えと……使い捨てのなので大丈夫です。あ、でももったいないので、もう少しここで探してても良いですか?」


「もちろん、大丈夫ですよ!」


とりあえず、店内で這いつくばっていても許される環境になったので、私はさらに顔を近づけて探した。
だけど、探し物より綿ぼこりのほうがよっぽど大きい位なので、やっぱりそう簡単には見つからなかった。

ちっちゃいおじさんがトコトコと駆けずり回って探している姿が、時々視界のすみに入ってきた。


『やっぱりないなあ…こりゃぁ、参った!』


ちっちゃいおじさんがおでこに手を当てながら、私の目の前に戻ってきた。


「あの…おじさんがコンビニに入ってきたときと同じ行動をしてみたらどうですか…?」


『なぁるほど!そりゃ、いいアイデアだ!きみ、やるねぇ』

ちっちゃいおじさんは小さな手をパチンと叩くと、コンビニのガラスドアの前に走っていった。


『えーと…こうやって紙袋を両手に持って…っと…それから…どうしたっけなぁ…』

ちっちゃいおじさんは、重そうに紙袋を持つ演技までしながら、再現し始めた。


『あ、そうだ、ここいらへんで下に置いて、汗を拭いて…』


紙袋をどっこらしょと置くフリをすると、ポケットからハンカチをだして、吹き出た汗を丁寧にぬぐう。


『もう一回持って…あー…うーん…あっ!確か、新作のプリンを見に行った!ワタシ、プリンには目が無くてねぇ』


ちっちゃいおじさんは、奥にある冷蔵棚の、いろいろなデザートが並べてあるところを指差した。


「でも、あそこまで、どうやってのぼったんですか?」


もちろん階段なんて無い。


『ああ、さっきは横にこういう箱が置いてあったんだ。まあまあ足場があるからね。こう見えてもワタシ、結構身軽なんだよ』

ちっちゃいおじさんは、近くにあったプラスチックの納品箱を指さした。


『ちょっとすまないがキミ、プリンのところ、見てきてくれない?』


「あ、はい」


冷蔵棚には、プリンだけでも十種類くらいあった。
順番に目を凝らして見ていったが、小さな紙袋なんて見当たらなかった。
私もプリンは、よくコンビニで買う。いちばん好きなのは普通の二倍くらいの大きさの「とってもデッカプリン」だった。
今日も後で買おうか迷っていたので、自然に目がいった。


(えーっ、もう最後の一個じゃん。買いたかったのに、とってもデッガプリン。…ん?デッガ………ガ?!)

「あっ!!!」

パッケージの「デッカ」の「カ」のところに、いつもはない濁点があるのが見えた。

「おじさんっ!!ありました!!」


『なに?!ほんとか?!どこに?!でかした!!』

私はちっちゃいおじさんのいるところに戻り、手のひらに乗せて棚に戻ろうとした。

するとその時、若い男性が「とってもデッカプリン」の最後の一つをさっと買い物カゴに入れてしまった。そのままレジへ向かう。

「いらっしゃいませ〜」

「おじさん、どうしよう!!紙袋の乗ったプリン、取られちゃいました!」


『うわあ。いったいどうしたらいいんだぁ!!』

ちっちゃいおじさんは大慌てで、私の手のひらの上を行ったり来たりしていたが、オロオロしているだけで、役に立ちそうにもなかった。


(どうしよう…どうしたら……!)


とっさに私は、レジにいるさっきの店員さんに声を掛けた。


「あのっ!!」


「…はい?」


「えーっと…あの…」


「ああ、コンタクト、見つかりました?」


「あ、いえ、まだなんですけど…すみません…。あのっ、そのプリン、変じゃないですか?とってもデッガプリンって名前…」

「は?プリン?」


店員さんと男性が、プリンに目をやった。


「うちの人気商品ですけど。どってもデッカプリン…あれ?どっても…?」

店員さんが言った。

濁点、というか招待状の二つの紙袋は、「カ」のところから「と」のところに移動していた。

私はプリンのふたの部分にさっと手を伸ばし、極小の紙袋を、なんとか摘まみ上げた。


「ああ、ゴミがついてただけでした…!すみません、捨てておきますね~」

私は愛想笑いを浮かべながらその場を離れた。そして入り口の辺りまで戻ると、紙袋を手のひらに乗せて言った。


「おじさん!これですよね?」


『そうだ、これこれ!やったっ!やったーー!!!ついに見つけたぞ!いやぁ、君は優秀だねえ。うちの会社に欲しいくらいだ!!恩にきるよ!』


ちっちゃいおじさんは、大喜びだった。
だけど私は、一人でぶつぶつしゃべりながら使い捨てコンタクトを探しまわり、人の買おうとしている商品についた小さなホコリを、わざわざレジまでついてきて取ってあげる、何だか怪しい人物として認識されてしまったのは明らかだった。



『そろそろ、ゆうびんおじさんが来る頃だから…あっ!もう来た!!』


赤いミニカーのようなものが、入り口の開け放したドアから猛スピードで入ってくるのが見えた。そしてひっくり返りそうになりながら大きく曲がり、雑誌の棚の下に、キュッ!と止まった。


『ゆうびんおじさんはせっかちだから、早くしないと…おーい!!』

ちっちゃいおじさんは、私の手の平から降りると、トコトコ走って行った。

私がしゃがんで書棚の下をのぞき込むと、そこにはキャラメルくらいのサイズの小さなポストが立っていた。

その横にはひょろりと細身のちっちゃいおじさんがいて、早くもポストの中身は取り出した後らしく、車に乗り込むところだった。


『おーーーい!おーーーーい!!』


紙袋を二つ持ったちっちゃいおじさんが声を掛けたが、聞こえていないようだった。
赤い郵便カーは急発進し、猛スピードで止める間もなくコンビニから出て行ってしまった。


『ああ…どうしよう…』


ちっちゃいおじさんは、呆然とその場に座り込んでしまった。


『…せっかく君に手伝ってもらって、見つかったのに…ほんとうに済まない』

「そんな、仕方ないですよ…」

私はそうは言いつつ、『今世紀最大のちっちゃいおじさん大宴会』が見られなくなることは、かなり残念だった。


「次の集配では、間に合わないんですか?」


『いや、それじゃ間に合わないんだ…。だって次は…ああっ!!どうしてワタシはこうもそそっかしいんだろう…』

ちっちゃいおじさんは、スーツのホコリをはらいながら、ゆっくりと立ち上がった。

『本当に世話になったねぇ。でもいつまでもここにいても、しかたがない。ワタシは帰るよ…。色々、ありがとさん』

ちっちゃいおじさんは、私に向かって小さな手を力なくあげると、紙袋を重そうに持ちあげ、トボトボと歩いて行った。

私はドアから出て行くちっちゃいおじさんを、見送ることしかできなかった。

そのときだった。

赤い郵便カーが、再び猛スピードでドアから入ってきて、ちっちゃいおじさんの前にキュッと止まった。そしてドアが開き、


『おう、久しぶりぃ!』


と、中からゆうびんおじさんが、ひょっこり降りてきた。


『お前さん、今回幹事なんだろ?そういえば今日あたり招待状持ってくるんじゃないかって思ったから、戻ってきてみたら、ビンゴだったよ〜』


『おおおっ!!!いやぁ!!助かった〜!!』


ちっちゃいおじさんは、ゆうびんおじさんの手を握って、ブンブン振った。
そしてゆうびんおじさんは二つの小さな紙袋を車にサッと積み込むと、


『送ってやるから、乗りな!』

と言った。

『やあ、かたじけない!じゃ、お言葉に甘えて…』

ちっちゃいおじさんは小さな郵便カーの助手席にヨタヨタと乗り込むと、窓から私に向かって手を振った。

『本当にありがとさん!!』

郵便おじさんはかなりせっかちらしく、車のドアが閉まるや否や、凄い勢いでどこかに走り去ってしまった。

(結局、どこで宴会するのかも、教えてもらえなかったな…)


私は思ったけど、もうどうにもならなかった。


***


それからひと月ほどたったある日。
大きな平たい箱が、宅配便で届いた。


「何これ??」

スーツでも入っているような大きさで、宛名には『コンビニのお嬢さん』とだけ書かれていた。
そして差出人を見ると、

『ちっちゃいおじさん』

と、小さな文字で書いてあった。

「えっ?!」

箱の表面には、

『こっちが上↑!!!間違えないように!!』

と、赤いペンで書かれていて、その下に小さく、

『受け取ったら平らな場所に置き、動かさないこと!10月27日の午後7時キッカリに開封よろしく!』

と書いてあった。

「…私のこと、覚えててくれたんだ!」

時計をみると午後6時45分。今日は10月27日だった。

私はスマホの時計を見ながら、7時キッカリに、かぶせてあった箱のフタをそっと開けてみた。


「………あっ!!!」

平たい箱の中には、一面に小さな丸いテーブルと椅子が置かれていた。
そしてその椅子には、スーツ姿のちっちゃいおじさんが、ギッチリと座っていた。かなりの人数で、千人はいるように見えた。

ちっちゃいおじさんたちは、最初はなんだかグッタリとしていたが、次第に動き出し、シートベルトのようなものを外し、椅子からフラフラと立ち上がった。


『…や、やあやあ…!!お、お久しぶり!!』


立ち上がってヨロヨロと歩いてきたのは、私のコーヒーのストローに詰まっていた、あのちっちゃいおじさんだった。


『いやぁ、宅配便の箱が揺れて揺れて…すっかり気持ち悪くなっちゃったよぅ…』

どうやら、テーブルや椅子は、箱の底に固定されているらしく、ちっちゃいおじさん達は乗り物のようにして、団体で移動してきたらしかった。

『君の尽力のおかげで大宴会が開かれることになったのに、招待するのをすっかり忘れてしまっただろう。いやぁ、ほんとに失敬した!』

ちっちゃいおじさんは自分のおでこをピシャリと叩きながら言った。


『だから、宴会場ごと移動してきたんだよ。これ、ワタシのアイデア。なかなかどうして、良いことを思いついたもんだ!』

ちっちゃいおじさんは、突き出たお腹をそらして、自慢げに言った。

『あ、ありがとうございます…!』


しばらくするとみんな、乗り物酔いも治まったみたいで、テキパキと動き始めた。
私は、ワラワラと動きまわるあまりの数のちっちゃいおじさんから、目が離せなかった。

ちっちゃいおじさんたちは、すでにチームに分かれているらしく、何人かがまとまって動いていた。
見ていると数十人くらいのチームが、リーダらしきちっちゃいおじさんの指揮で、隅の方に置かれていた箱から、何かを取り出していた。


目をこらして見てみると、極小のお酒の缶や瓶、ナッツや唐揚げ、焼き鳥などのおつまみらしかった。
虫メガネで見たくなるようなサイズだったけど、形は普通のものと変わらなかった。

違うチームはテーブルを拭いたりお皿や割りばしを並べたりしていた。
私は、手際よく準備されていく宴会場を見ているだけで、ぼうっとしてきてしまった。

『こちら、どうぞ!!』

私の前にも、いつに間にか小さなテーブルが用意されて、一人分のおつまみやお酒、コップが置かれた。

あっという間にセッティングが終わり、全員が着席すると、乾杯の音頭をとるらしく、幹事のちっちゃいおじさんが中央に置かれたマイクの前に立った。

『えーー。お集まりの皆様』


キーン…!!!


マイクがハウリングを起こし、ちっちゃいおじさん達が飛び上がって耳をふさいだ。


『んんっ!!すみません、不慣れなもので…。本日は遠いところをお集まり頂き、ありがとうございました!
箱の長旅は、さぞお疲れになったでしょう。本日は十分に日頃この疲れを癒して、心ゆくまで楽しんで下さい。それから…』

ちっちゃいおじさんが、私を見上げて言った。

『こちらのお嬢さんは、この大宴会の恩人でございます。ワタシがうっかり失くしてしまった招待状を、機転をきかせて取り戻してくれました。まことに、ありがとうございます!!』

わーーっ!

歓声が上がり、ちっちゃいおじさんたちが私に向かって拍手をしたり、おじぎをしたり、手を振ったりしていた。

私はなんで言って良いか分からなかったので、ぺこりとおじぎをした。

『それではみなさん、グラスを持って…カンパーイ!!

にぎやかな大宴会が始まった。


私がグラスを指でつまんだら壊してしまいそうで困っていると、近くにいた細身のちっちゃいおじさんが協力してくれて、私によじ登り、口に注いでくれた。
でもやっぱり、味どころか、液体が注がれたことも感じられなかった。
私は、おつまみの唐揚げを指先につけて、自分でなんとか食べてみたけど、さすがに小さすぎて味はよく分からなかった。


『こんばんは!楽しんでますか?』

どこかで見たことあるような、細身のちっちゃいおじさんが話しかけてきた。

「あなたは…あっ!ゆうびんおじさん!」

『そうですよ!制服を着てないから、わかんなかったかな?』

「あ、はい」

『あのときは次のポストの集配時間が迫ってたから、ろくにお礼も言えずに、悪かったねえ。ワタシは日本中のポストをまわるもんで、忙しいんだよ』

「えっ、それじゃあ、一度来たところの集配って、次はいつになるんですか?」

『えーーっと…数年は後になるかなぁ』

「す、数年…!!」

私は、ちっちゃいおじさんが招待状を出せないことで、あんなに慌てるのも、無理なかったんだと思った。

それから、郵便おじさんが日本中を回っている間に起きた冒険話を聞かせてもらった。
ポストが猫に持ち去られて見つからなかった話、空港で小さな男の子に郵便車ごと拾われてしまい、海外まで行ってしまった話などは、面白くて、いつまでも聞いていたいほどだった。

その後も、かわるがわる色々なちっちゃいおじさんが、あいさつにきてくれた。
みんな、お酒を勧めてくれたけれど、瓶が小さすぎて持てないので、わたしはキッチンからスプーンを持ってきて、そこに入れてもらうことにした。

ビール瓶十本分くらい注いでもらったところで、ようやく一滴分くらいになった。なめてみると、ほんのりビールの香りがした。


夜9時を過ぎたあたりで、幹事のちっちゃいおじさんが言った。

『みなさーん!お名残惜しいですが、そろそろお開きになりまーす!片付けをよろしくお願いしまーす!』

準備のときはテキパキとしていたちっちゃいおじさんたちだったけど、酔っ払っているのでなかなか動き出せなかった。
結局、二倍くらいの時間をかけて、ようやく元のように片付いた。


『あの、お嬢さん。大変お手数なんですがね。準備ができたら箱にフタをしてヒモでしばって、このシールを貼ってくれませんか?』

幹事のちっちゃいおじさんは、蓋のウラに貼り付けてあった束ねたヒモと、宅配便用の宛名シールを指差した。

「あ…はい!わかりました」

みんな、ワラワラともとの椅子に座り、シートベルトを締めた。
泥酔して床に寝そべっていたちっちゃいおじさんは、数人に抱えられ、椅子に座らされた。でも結局そのまま、テーブルに突っ伏して寝てしまった。

ようやくみんなが着席しシートベルトを締め終わると、幹事のちっちゃいおじさんがサッと手をあげ、私に合図した。

『ありがとさん!』


ほかのちっちゃいおじさんも、泥酔してない人は手を振ったり、ハンカチを振ったり、おじぎをしたりしてくれた。

「こちらこそ、楽しかったです!ありがとうございました!」

私はもっとちっちゃいおじさんたちと話をしたかったので、また会えるかどうか聞いてみたかったけど、なんとなく聞きそびれたまま、箱にそっとフタをした。

ヒモをかけるのはあまり慣れていないので、箱を持ち上げるたびに中から、

『おおーーっ』

とか、

『うわぁっ!』


とかいうどよめきが聞こえてきて、焦ってしまった。

ようやく終わって、宅配便のシールを貼ったところで、

ピンポーン!

と、玄関のチャイムが鳴った。
インターフォンを見ると、さっきと同じ宅配便のお兄さんだった。

私は大きな箱をなるべく揺れないように持ち、そっと渡した。
宅配便の宛名には、何も書かれていなかったけれど、宅配便のお兄さんは特に気にしているふうもなく、「お預かりしまーす」と言って行ってしまった。


***


「おばあちゃん!おばあちゃん!!ねえ!!これ見てっ!!」


「なあに?そんなに慌てて…」

「今、届いたの!この箱!ほらほら、おばあちゃんがいつも話してくれてたでしょ?この宛名の、コンビニのお嬢さんって…」

「あらっ?…これ…?!」

その平たい箱を見た途端、私の脳裏には、古い記憶が一気によみがえってきた。

表面には、


『こっちが上↑!!!間違えないように!!』


と、赤いペンで書かれていて、その下に小さく、

『受け取ったら平らな場所に置き、動かさないこと!10月23日の午後7時キッカリに開封よろしく!』

と書いてあった。

そして、差出人の欄には、こう書かれていた。

『今世紀最大の大宴会幹事  ストローの中の ちっちゃいおじさん』


(おわり)

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