「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第7話 クリスマスの夜)
7 クリスマスの夜
「そういえばワーフ、クリスマスって知ってる?」
十一月に入ってから最初の日曜日。
遅めの朝ごはんのあと、ママがワーフに聞きました。ワーフは読んでいた絵本から顔をあげて、
「くりすます…あっ、ボク、きいたことあるよ!このまえ、テレビでいってたよ。
…あかいふくをきた、おとこのひとが、オウチにこっそり、はいってくるんでしょ…?いつなの?ボク、こわくって…」
と、少しふるえながら言いました。
「ワーフったら…それじゃドロボウじゃないの!違うよ、子供たちにプレゼントをくれるおじいさんよ。やさしいのよ」
イトが教えました。
「それから、クリスマスパーティーもやらなくちゃね。ケーキとチキン、用意しなくちゃ!クッキーも焼かなくちゃね!」
クリスマスまでまだ一ヶ月以上あるのですが、ママはまるで、明日のことのように言いました。そして押し入れの奥から、細長い大きな包みと、段ボール箱を出してきました。
それは、組み立て式のツリーと、ツリーにぶら下げるオーナメントの箱でした。
「ちょっと早いかもだけど、ワーフとイトで飾りつけしてね」
「うん!」
ツリーはイトの身長より高く、部屋の大きさにたいしてバランスは悪かったのですが、大きい方が楽しい感じがするから、と、ママがパパの反対を押しきって、数年前に買ってきたのでした。
オーナメントの入った箱を開けると、色とりどりの飾り物が入っていて、ワーフは歓声をあげました。
ミカンくらいの大きさの銀色の玉は、顔がゆがんで映るので、遠ざけたり近づけたりして、ワーフとイトは大笑いしました。
ほかにも、プレゼントの箱の形のものや、木彫りのサンタクロース、透明なプラスチックでできた雪の結晶など、色々な種類のオーナメントがありました。
遊びながらなので、飾りつけはなかなか進みませんでした。
中でもワーフが気に入ったものは、家の形をした、オーナメントでした。
手のひらサイズの小さな家は、精巧せいこうに作られていて、煙突があり、水色の屋根には雪が積もっていました。
窓枠はパステルグリーンに塗られていて、とてもかわいいものでした。
「あれ?そんな飾り、あったっけ?」
イトが言うと、ママも見に来ました。
「あら?ほんと。去年パパがもらってきたのかしら。でも、かわいいわねー」
「ボク、これ すごーく、きにいったよ!ステキだねえ」
「そういえば、夏休みに牧場で作った工作も、おうちのオルゴールだったわねえ。ワーフはおうちが好きなのね。じゃあ、一番見やすいところにかけておけばいいわ」
それから、てっぺんの大きな星をワーフが飛んで最後に飾り、ツリーは完成しました。
十二月に入り、街はますます、クリスマス一色になってきました。あちこちでクリスマスソングが流れ、街路樹のイルミネーションも、美しく輝いていました。
ワーフはキラキラしたものがとても好きで、歩いている時にイルミネーションの横を通ると、呼ばれても気づかないほど見入ってしまうのでした。
ワーフはイトに、サンタさんについていろいろ教えてもらい、クリスマスの日がとても楽しみになっていました。
けれども、少し心配なことがありました。サンタクロースは、良い子にしている人間の子供に、プレゼントを持ってきてくれるのです。ワーフは自分の姿を、玄関にかけてある大きな鏡に映してみました。
透き通っているので、全体的に真珠のように白く見える、フワフワの毛皮。雪だるまをさかさまにしたような形。
必要なときに出たり、引っ込んだりする、小さく丸っこい瞳や、胴体、細い手足…。
どうひいきめに見ても、人間には見えませんでした。
「ワーフは良い子だから、大丈夫よ」
ママは言ってくれましたが、ワーフはいまいち、自信が持てませんでした。
***
そしてクリスマスイブの朝、ワーフはイトに、はりきった様子で言いました。
「ボク、きょうは、ひとばんじゅう、おきてるから!」
「え?…あ、ワーフったらもしかして、サンタさんを待つの?」
「うん、ボク、そうするつもりだよ。で、ちょくせつ、きいてみるんだ。にんげんじゃなくても、だいじょうぶですか?って」
「でも、ワーフはいつだって、すぐに眠くなるじゃない。一晩中なんて起きてられるの?」
「ボク、ぜったいに、だいじょうぶだよ!ひるまのうちに、たっぷり、ねておくんだから」
ワーフは自信たっぷりな様子で、胸をそらせました。
「ワーフ、パパとママには内緒にしたほうがいいわよ。早く寝なさいって言われちゃうから」
「そうかな」
「そうよ!じゃあ、私も一緒に起きててあげるね!」
「イトはダメだよ!だって、にんげんのコドモでしょう?よいこにしてないと、プレゼントもらえないかもしれないから…」
「じゃあ、何か私に手伝えることある?」
「うん!ボクに、いいかんがえがあるんだ!」
それから二人は、ママに段ボール箱をもらいにいきました。
「このくらいの大きさでいい?…ところで、何に使うの?」
ママが聞きました。するとワーフは、少し目をほそめ、小さな声で、
「………ナイショなんです!」
と言いました。
「あらあら、じゃあ、聞かないでおくわね」
ママもなぜか小声になって言いました。
「できたぁ!!」
イトとワーフが作っていたのは、プレゼントの大きな箱でした。
きれいにとっておいた、お店の包み紙やリボンを使って、かわいくラッピングがしてあります。底の部分は抜けていて、ちょうど、ワーフが上からすっぽりかぶれるように工夫されていました。
ワーフがこの中に隠れ、一晩中待っている、という作戦でした。
側面には小さな穴を開けたので、そこからこっそり見張るのです。
「このプレゼント、ワーフのだから絶対に開けちゃダメだよ。ツリーの下に置いておくから、さわらないで、そのままにしておいてね」
イトがパパとママに念を押して、準備は完了しました。
ワーフはパーティーが初めてだったので、部屋の飾りつけのときから大興奮でした。
その夜は、チキンやサラダ、クッキーやケーキなどで、ささやかなパーティーをしました。
ママとイト、ワーフの三人で焼いたクッキーは、ハートや雪だるま型、それにワーフの形のものもあり、食べるときに、みんなで盛り上がりました。
ママが最近、パン教室にいったので、丸パンも手作りしました。
パンの焼けるにおいが大好きなワーフは、なんとかそのにおいをとっておきたい!と言い出しました。
ビニール袋を持って、そこら辺を飛び回り、空気をいれると、しっかり口を閉じました。そして数時間後に、
「あれ…におい、きえちゃった…」
と、がっかりしていました。
クラッカーは、最初にイトが鳴らしたときに、音にびっくりして跳び上がり、天井に頭をぶつけてしまいました。けれども、すぐに慣れ、ワーフもひもを引っ張ったり、出てきたカラフルな紙テープで遊んだりしました。
キラキラした紙吹雪は一枚残らず拾い上げ、記念にもらいました。
食後には、トランプのババ抜きをしました。
ワーフの小さな手ではカードを広げてもつのが難しく、テーブルの上に広げていました。みんなは、カードの数字をなるべくみないように、がんばりました。
みんなお腹一杯になり、すっかり眠くなってきたとき、イトが言いました。
「去年も楽しかったけど、今年はもっと楽しいパーティーになったね!」
「きょねんは、クラッカーとか、ごちそうとか、あんまり、たのしいものが、なかったの?」
ワーフが聞きました。
みんなは顔を見合わせました。そしてママが、
「今年はワーフがいるからに決まってるじゃない!」
と言ったので、パパとイトも、大きくうなずきながら、
「ほんとにそうだね!」
「ワーフのおかげだよ!」
と言いました。
ワーフは嬉しくて、空中で一回転しました。
「イト、ワーフ、メリークリスマス!パパとママからのプレゼントだよ」
「わあ!ありがとう!」
イトのプレゼントは、コスメセットでした。アイスクリームの柄のかわいいポーチに入っていて、おそろいの手鏡も入っていました。
「ありがとう!めちゃくちゃかわいい!」
「こっちは、ワーフのよ」
袋には、ワーフ用の小さな三角帽子と、暖かそうなフェルト生地でできたマントが入っていました。
二つとも、とてもきれいな青色でした。
「ぬいぐるみ用の型紙で作ってみたのよ。気に入ってくれたらいいんだけど…」
ママが言いました。
「すごい!!ボク、こんなのほしかったんだ!ありがとう!」
ワーフは、さっそく着てみました。真珠色の毛皮に青色がよくはえていました。
「私からは、これだよ!」
イトも、テーブルの下に隠しておいたプレゼントの袋を出しました。
パパとママには、おそろいのマグカップ、ワーフには、最近はまっている、迷路がたくさんのっている本でした。
三人とも、とても喜びました。
パパが眠そうなあくびをして、そろそろパーティーはおしまいかと思われたとき、ワーフが言いました。
「ボクもみんなに、プレゼントがあるんだよ!!ちょっとまってて!」
ワーフは言うと、イトの部屋に飛んでいきました。そして、小さなプレゼントの袋を三つ、持ってきました。
「これ、ママに てつだってもらって、つくったんだ。きにいってくれるといいけど…」
「わあー!すごくかわいい!」
それは、ワーフの真珠色に輝く毛を切って作った、キーホルダーでした。ピンポン玉くらいの大きさで、丸く、まるで小さくなった中身のワーフのようでした。
飾りにリボンがついていて、リボンの色はパパが紺色、ママが黄色、イトが水色で色分けされていました。
「ワーフにこっそり相談されてね。毛皮は切っても、次の瞬間には生えてくるから、って言うもんだから、それで私も手伝って、キーホルダーを作ることにしたのよ」
「ランドセルにつけるね!あ、でも汚れちゃうかも…なくしちゃってもやだなあ」
イトが言いました。
「ボクのケガワ、よごれても きれいにおちるし、なくしたって すぐにまた、つくってあげるから、だいじょうぶだよ!」
「そっか、そうだね!ワーフ、ほんとにありがとう!」
みんな、興奮してなかなか寝付けませんでした。ワーフは少し眠くなってきましたが、みんなが寝静まった夜中の十二時頃、こっそりリビングの箱に入ることができました。
真夜中のリビングには時計の針の音と、冷蔵庫のモニター音が、かすかに聞こえるだけでした。
ワーフは、最初のうちは熱心に箱の穴から外を見つめていました。
けれども、大興奮のパーティーのあとです。ワーフは疲れて、だんだん眠くなってきました。
それから何時間たったでしょうか。ワーフは眠くて眠くて、もうガマンの限界でした。
そして少し、うとうとしていたときでした。ベランダの方から、
カタン!
という、音が聞こえました。
その音にびっくりしたワーフは、
「キャッ!」
と言って、箱ごと飛び上がりました。
そのとき、チリン!という音と同時にバサッという音が間近で聞こえました。と同時に、ガサガサッという音がベランダの方から聞こえてきて、それきり辺りはシーンとしてしまいました。
ワーフは恐怖のあまりしっかりと目つぶっていましたが、辺りがあまりにも静かなので、そーっと目を開けてみました。
すると箱のすきまから、サンタクロースが、のぞいているではありませんか!
ワーフはびっくりして、箱からでることもせず、じっとサンタクロースを見つめていました。
薄暗かったのではっきりは見えませんでしたが、サンタクロースはニコニコして身動きもせず、箱のすぐそばに立っているようでした。
ワーフは、サンタクロースがあんまり動かないので、話しかけてみることにしました。
「あの…えっと…こんばんは」
………
「あの…サンタさん、ですよね?」
………
サンタクロースはニコニコしているだけで、何も答えてはくれませんでした。ワーフは、ドキドキしながらたずねました。
「あの…ボク、にんげんのコドモじゃないんですけど、プレゼントって、もらえるんでしょうか…?」
それでもサンタクロースは身動きもせず、こちらを見たまま何も答えないので、ワーフは困ってしまいました。
(もしかしたら、ボクがプレゼントのハコにしかみえないから、へんじをしないのかも…でも、いきなりでていったら、びっくりして、いなくなっちゃうかもしれないし…)
ワーフは、
(なんかサンタさん、さいきん、どこかでみたようなカオだなあ…)
と思いましたが、考えているうちに眠くなってしまいました。
しばらくの間、箱の中から、ごそごそと動く音がしていましたが、やがて静かになり、ワーフの規則正しい寝息が聞こえてきました。
***
「ワーフ!ねえ、ワーフ起きて!」
次の朝、イトがワーフのかぶっていた箱を開けました。ワーフは突然明るくなった辺りの様子に驚いて、しばらく目をこすっていました。
「あれ、イト、ママ、おはよう…」
「おはよう!!ねえ、ワーフ、朝起きたら、サンタさんからのプレゼントが枕元にあったのよ!私のは、手紙で頼んでた一輪車よ!もちろん、ワーフのプレゼントもあるわ!」
「え!ボクのも?」
ワーフは飛び上がって、リボンのかかった箱を受けとりました。
開けると中には、キラキラした紙やテープ、色とりどりのマーカーやハサミ等の入った、文房具セットが入っていました。
トランクのような箱に入っていたので、どこにでも持ち歩けます。ワーフは前から工作が大好きだったので、大喜びでした。
「わあ!サンタさん、ボクにもちゃんと、くれたんだね!
ボク、ぶんぼうぐがほしいです、って、おてがみにかいただけなのに、こんなにステキなの、とどけてくれた…!」
「よかったわねえ、ワーフ。ところで昨日、サンタさんに会うために、ここに隠れてたんですって?聞いたわよ、イトに」
ママが言いました。
「…あっ、そうだ!ボク、サンタさんみたよ!」
「え?!ほんと?」
「うん!きのうの、よなかね、ベランダでガタン、っておとがきこえて…」
「ベランダで?」と言いながら、ママがレースのカーテンを開けました。「あー!また猫にゴミ箱倒されちゃってる!」
「それで、ハコのあなからみてみたら、めのまえに、サンタさんがいたんだよ!!でも、サンタさん、なにをいっても、へんじしてくれなくて…ぜんぜんうごかなかったし…だからボク、ついねむくなっちゃって…」
話をじっと聞いていたママが言いました。
「サンタさんって、もしかして、こんな感じ?」
ママが差し出したものをみて、ワーフは心底びっくりしました。
「これ!このサンタさんと、おんなじ かおだったよ!どうりでみたことあるとおもった!」
それはツリーに飾ってあった、サンタクロースのオーナメントでした。木彫りで頭のところに鈴がついていて、陽気に笑っていました。
「朝起きてリビングに来たとき、箱の前にこれが落ちてたのよ。こんな感じで…」
ママは箱の、のぞき穴の前に、サンタクロースのオーナメントを置きました。ワーフは、もう一度箱に入ってみました。穴からみてみると、サンタクロースが実際よりも大きく見えて、こちらをのぞき込んでいるように見えました。
「きのうのサンタさんだ!ボク、ベランダのおとに、おどろいたときに、はこごとツリーにぶつかったから、おとしちゃったんだね…くらかったから、ほんものかとおもっちゃった…」
ワーフがあんまりがっかりするので、イトが言いました。
「でもサンタさん、ワーフにもリクエスト通りのプレゼント、持ってきてくれたじゃない」
「そうよ、人間じゃないとか人間だとか、きっと関係ないのよ。それに、ワーフが良い子じゃないなんていうひとは、絶対にいないから。例えサンタさんでもそんなこと言ったら、許さないんだから!」
ママが言いました。
「なに、どうしたの?おはよう」
そのとき、パパが起きてきました。
「ほらみて!これサンタさんからもらったの!ボクにもちゃんと、とどけてくれたんだよ!」
ワーフが言いました。
「よかったなあ、ワーフ」
パパは、大喜びのワーフを、ニコニコしながら抱き上げ、
「ところでワーフは、寝てるときも、それ着てたのか?」と聞きました。
昨日もらった、ママの手作りの青色の帽子とマントはワーフにぴったりで、とてもよく似合っていました。
「うん!ボクすごく気に入ったんだ!」
「帽子をかぶってれば、ワーフが顔も手足も引っ込めてるときに、どっちが上か分かっていいわね」
ママの現実的な意見に、みんなが笑う声が、クリスマスの朝のリビングに響きました。
(第8話「いなくなったワーフ」に続く)
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