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浜田広介「泣いた赤おに」(オマージュ短編)

「ひろすけ童話」と呼ばれ、今もなお親しまれる、美しい童話の数々。
代表作「泣いた赤おに」の、続きの物語を書きました。

浜田広介「泣いた赤おに」あらすじ 

がけのところの家に、わかい赤おにが、たったひとりで、すまっていました。やさしい、すなおな、おにでした。
人間たちと、なかよくなりたいと思った赤おには、ある日、たてふだをたてました。

ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。ドナタデモ オイデ クダサイ。
オイシイ オカシガ ゴザイマス。オチャモ ワカシテ ゴザイマス。

けれども人間たちは、中をのぞいてはみても、おじけづいて、にげていってしまいました。

なかまの青おにがやってきて、いいました。「ぼくが村で、うんとこ、あばれよう。そこへ、君が、やってくる。ぼくをおさえて、ぽかぽかなぐれば、人間たちは、君をほめたてる。そうなれば、安心してあそびにやってくるよ。」
青おには、しぶる赤おにを、せきたてました。

そしてこの考えは、うまくいきました。赤おにの家には、村のひとたちが、まいにちのように、あそびにくるようになりました。

けれども、日かずがたつうちに、青おにが、あの日からいちどもたずねてこないのが、心にかかりました。

赤おには、青おにの家へでかけました。そして戸口のところに、はり紙をみつけました…

アカオニクン、ニンゲンタチトハ ドコマデモ ナカヨク マジメニツキアッテ タノシククラシテ イッテ クダサイ。
ボクハ シバラク キミニハ オ目ニ カカリマセン。コノママ キミト ツキアイヲツヅケテ イケバ、ニンゲンハ、キミヲ ウタガウ コトガ ナイトモカギリマセン。
ウスキミワルク オモワナイデモ アリマセン。
ソレデハ マコトニ ツマラナイ。
ソウ、カンガエテ、ボクハ コレカラ タビニ デル コトニ シマシタ。
ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。
ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマスマイ。ドコカデカ、マタモ アウ 日ガ アロウ コトカモ シレマセン。
サヨウナラ。キミ、カラダヲ ダイジニ シテ クダサイ。
ドコマデモ キミノ 友ダチ        アオオニ

赤おには、だまって、それをよみました。二ども三ども、よみました。戸に手をかけて、顔をおしつけ、しくしくと、なみだをながして泣きました。

講談社文庫 浜田広介「泣いた赤おに」参照


どのくらいの間、赤おには、そうしていたでありましょう。
朝つゆにぬれていた、やまゆりが、日ぐれのひかりにてらされました。
赤おには、ついに、とぼとぼと、がけの下のじぶんの家に、帰って行きました。


次の日も、その次の日も、村人たちは、赤おにの家に、やってきました。
赤おには、おいしいお茶を、わかしました。おいしいお菓子も、だしました。みんなとたくさん、おしゃべりもしました。
けれども、ちっとも、たのしくありません。

きゅうに、げんきがなくなった、赤おにを、村人たちは、心配しました。けれども、わけをきいても、赤おには、こたえませんでした。

あるばん、赤おには、うすいふとんの中で、かんがえました。
「青くんは、いっていたな。ひとつの目ぼしいことをやりとげるには、どこかでか、いたい思いか、そんをしなくちゃならないさ。だれかが、ぎせいに、身がわりに、なるのでなくちゃ、できないさ。…そう、なるほどたしかに、そうなった。だけどぼくは今、ちっとも、たのしくないじゃないか。」
 小屋のてんじょうの、いろんなシミがあわさって、なつかしい青おにの顔に、みえてきました。

「やっぱり、ぼくは、いこう。」

赤おには、まだ夜が明けないうちに、起きだしました。
つめたい水で顔をあらい、ふろしきに、わずかばかりの荷をつつみました。
へやの中を、きれいに片付け、半紙と筆を、とりだしました。


コレカラ タビニ デマス。シバラク ルスニ ナリマス。ムラノ ミナサマ
アカオニ


戸口のところに、はりだしました。
そして赤おには、夜明けに、家を出たのでした。

      





ながいながい、年月がながれました。
赤おには、青おにに、会えたのでありましょうか。

いいえ、まだでした。

いくつもの山をこえ、谷をわたり、雨ぐもにのって、赤おには青おにをさがしました。けれども、どこにもいませんでした。
どこへいっても、おには、人間に、こわがられました。赤おにの、すがたをみるなり、逃げていってしまうので、青おにを、みかけたかどうかなんて、とてもきけたものでは、ありませんでした。

とちゅう出会った、おにの仲間に、きいてみました。
「きのう、ここらで、見かけたよ。」
よろこんで、そこらじゅうをかけまわり、さがしてみました。けれども、入れちがいになったのでしょう、青おには見つかりませんでした。

夜はいつも、山のしげみや、岩あなで休みました。
さむいさむい、冬の夜。雪がちらつきはじめました。赤おには、まるくなり、がたがたふるえておりました。

「青くんは、もうこの世のどこにも、いないのでは、なかろうな。」

赤おにはときどき、そんなふうに、かんがえてしまうのでした。そのくらい、赤おには長い間、青おにを、さがしていたのでした。
そして、そんなことを、かんがえるくらい、年をとったのでした。

「もうだいぶ、つかれて、しまったな。」

赤おには自分の、老いて、ふしくれだった赤い手を、見つめました。
ある朝とうとう、赤おには、家に帰ることにしました。

赤おには木の枝でこしらえた、つえをつき、つかれた足をひきずるようにして、歩いていきました。
そして、ある日の夜おそく、ついに、がけの下に、なつかしいわが家をみつけました。

雪に半分、かくれていたので、ほかの人なら、わからなかったかもしれません。赤おには、入り口につもった雪を、手でかきました。
老いてはいますが、やはり、それでも、おにはおにです。人間よりは、はるかに力がありました。赤おには、えいやと、こおりついた戸を、ひきました。

つんと、かびくさい、においがしました。あちこちに、クモが巣をかけていました。木の皮でこしらえた、かべや天じょうは、だいぶ、はがれて、ところどころ、くさっていました。
けれども、おうせつの間の、まるいしょくたくや、いす、赤おにのえがいたあぶら絵などは、むかしのまま、のこっていました。
赤おには、だんろに火をいれようとしましたが、まきは、すっかりしめっていて、うまくいきませんでした。

「ああ、でもそとの、こごえるような木の下より、どんなにか、ましだろう。」
 赤おには、しめったうすいふとんにくるまりながら、つぶやきました。わが家は、すっかり、いたんではいましたが、ふり続く、雪をしのぐには、じゅうぶんでした。
 
つぎの朝、日がのぼったころ、赤おには、目をさましました。
しばらく赤おには、ぼんやりそとを、ながめていました。雪は、やんでいて、木々のすきまから、青く、すみきった空が、見えました。
いちめんまっ白で、そこらじゅう、日のひかりでキラキラと、まぶしくかがやいておりました。

「そうだ、これから、青くんの家にいってみよう。もしかしたら、青くん、もどっているかもしれないな。」

そうかんがえると、赤おにはすこし、げんきが出てきました。
はりきって立ち上がると、家の中をかたづけました。いたんだかべや天じょうをなおし、やねの雪も、おろしました。
そしてすっかりきれいになると、くろうして火をおこし、おおきな、にぎり飯をつくりました。青くんのぶんもと、たくさん、ふろしきにつつみ、背中にくくりつけました。

青おにの家は、とおくの山おくの、岩あなにあります。赤おには、つえをつき、山をいくつか、谷をいくつか、こえてわたっていきました。
山おくのやぶには、松の木があり、ふとい枝から、ときおり雪のかたまりが、おちてきました。
なんどもすべりながら、赤おには、高い岩のだんだんを、いそいでのぼっていきました。

そして赤おには、岩あなのところにつきました。

「おかしいぞ。たしかに、ここに、あったはずだが。」
青おにの家を、わすれるはずがありません。ここに、たしかに、戸口があったのです。

「岩が、くずれてきたんだな。」
赤おには、おおいそぎで、岩をどかしはじめました。これが思ったよりも、たいへんでした。赤いかおが、さらに赤くなりました。

雪のなか、あせをかきかき、がんばると、ようやく木でできた戸が、みえてきました。戸は長い年月で、すっかりくさり、ぼろぼろになっていました。
赤おにはすき間からのぞいてみました。

「おうい、青くん。おうい。」

バリバリと戸をこわし、むりやり中に入りました。くらやみに目がなれてくると、岩あなの中には水がたまり、コケが生えているのがわかりました。こんなところに、だれがすまうでしょう。
もちろん、青おにのすがたは、ありませんでした。

「ああ、よかった。うまっていたのでは、なかったぞ。」
赤おには思いましたが、すっかり、くちはててしまっている、青おにの家をみて、かなしくなりました。

「わかっていたんだ。いるわけない。」

かたをおとし、赤おには、帰っていきました。
赤おには、背中のにぎり飯のことを、思いました。朝は、すっかり、青おにに会えるきがして、にこにこしながら、にぎったのです。けれども、ひとりでは、ちっとも、たべるきがしませんでした。

赤おには、うなだれ、あるいていきました。もし、そのようすを見ているものがあったら、かけよって手をかし、かげんが悪いのかと聞いたことでしょう。赤おには、朝よりもいっそう、老いて見えました。

ゆっくり、もくもくと、長い時間かかって、赤おには家にたどり着きました。そして力なく、いすにこしをかけました。
赤おには、もう長い間、いくども、きたいをしては、がっかりしてきたのです。なれているはずでした。
けれども、ほんとうにもう、すっかり、つかれはててしまったのでした。だれだってきっと、そうなることでしょう。
赤おには、まるいしょくたくに、ひじをつきました。そしてそのまま、たおれこむように、ぐっすり眠りました。


「赤くん、赤くん。」


誰かのよぶこえで、赤おには、目をさましました。
赤おにを、しんぱいそうに、のぞきこんでいたのは、だれであろう、青おにでした。
赤おにとおなじように、青い顔にしわがきざまれ、老いてはいましたが、まちがいありません。あのなつかしい、昔の、たいせつな友だちでした。

青おには、五日ばかりまえに、長いたびから、もどってきたのです。そして、そのあしで、赤おにをたずねてきたのですが、荒れほうだいの家をみておどろき、こころをいためていたのでした。
青おには、自分の家が岩にうまっているのをみて、きゅうごしらえの、すみかを、ちかくの山に、たてていたのでした。そして赤おにが、もどってくるのではなかろうかと、毎日、見にきていたのです。

赤おには、立ち上がりました。がたんと、いすが、たおれました。

「青くん、青くん…」

すぐには、言葉になりません。
ふたりは、だまって、かたく、あくしゅをしました。

それから、赤おにと青おにを、見かけたものは、いません。
老いたふたりは、幸福そうに、手に手をとって、いずこへか、出かけていったのでありましょう。


(おわり)

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