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三笘の1ミリ

世の中には「僅差」ということがあって、これはもう随分前のことになるが、指導していた女生徒が東大を受験したが不合格だった。不合格の場合にはすぐに得点が開示されるのだが、その生徒がやって来て見せてくれた開示を見て驚いた。最低合格点との差はわずか0.15点だった・・。
センター試験の点数は大学によって圧縮されるのでコンマ以下の数字も生まれてくる。でも、7点、5点くらいで届かなかった生徒はそれまでも見ては来たのだが、これだけの僅差での不合格を見たのは初めてだった。「あと1点、部分点が貰えればねえ」と慰めたのだが、同時に合格ラインの1点にはどれくらいの受験生が犇めいているのだろうと思ったりした。

唐突に話は飛躍するが、「僅差」が運命を分けるということで思い出されるのは、昨年のサッカーワールドカップの「三笘の1ミリ」である。肉眼で見ればどう見てもラインをオーバーしているが、「機械」が1ミリ、ラインにかかっていると判定した。
日本は引き分けならラッキーと思われていたドイツに2-1で逆転勝利し、決勝に進めると誰もが期待を膨らませたコスタリカ戦に敗退。決勝進出が絶望視されたスペイン戦で、この三笘のアシストが田中碧のゴールを呼び決勝への切符をつかんだのだからその反響は大きかった。
と同時に、この「三笘の1ミリ」は優勝候補のドイツを予選敗退に導いたのであって、世界的にもこの判定のあり方への反響は大きかった。物議を醸したと言ってもいいだろう。

スポーツの世界でも1ミリとかコンマ何秒の判定が必要な世界もあって、水泳とか陸上とかそんな典型であろうし、最近では野球でもテニスでもバレーでも「機械」による判定(VAR)が導入されて来ていて、それは確かに「誤審」を避け、勝負の公平さを担保する上では大事なことだと思う。選手はもちろん、観ている者も「納得」することができる。

僕はずっとテニスをやってきたが「誤審」には常に悩まされてきた。今は部活の顧問として生徒の試合に付き添うわけだが、「誤審」は多い。「誤審」だらけと言ってもいいくらいである。
ほとんどの試合の審判は前の試合の敗者が審判をするシステムになっている。負けて気落ちしているせいもあろうし、今主流の人工芝のコートはなかなか見づらい。選手はその場で確認を要求できるが、同じ人工芝という理由でボールの落ちた跡など明確には確認し難いし、場合によっては全く違う箇所を見て判定が覆されたりすることもある。顧問は明らかなミスジャッジであっても黙って見ているしかない。生徒の活動に「権力」を持ち込まないために。

ただ、「誤審」はそれが当然あるという、言ってみれば「織り込み済み」の認識として確認されてきた。「誤審」にも動じないことが、いいプレーヤーの条件とされて来たのである。指導の中では「誤審」を戒めながら、同時に「誤審」に平静さを失うことも戒めた。
例えば、自分の学校の部員が予選通過をかけた大事な試合が最終ゲームにまでもつれ込んだのだが、そのゲームの一本目と二本目に立て続けにこちらに不利になるミスジャッジがあった。選手は苛立ち我を失って強打しまくって試合を落とした。が、その時、僕にとってもその試合を観ていた人にとっても、言葉はきついが、愚かさの対象となるのは(審判ではなく)その我を見失った選手だった。

その選手に対するそうした判断は正当なのだろうか?
それは何故だろうか?
「誤審」とはそもそも何だろうか?
よく考えればはてなマークがいっぱい頭の中を駆け巡る問題なのかもしれない。

恐らくそれは「人間」ということが前提されている世界に人間が生きてきた証なのだろうと思う。人間にはミスがあるという認識の上に成り立つ世界があるという「納得」の上に成り立っている世界の認識である。
そこに「機械」が持ち込まれる。「人間」には認識できない1ミリ、コンマ以下の世界の判断の「正確さ」は「正しい」のであって、それはその方が公平であるという「納得」が得られる。

どちらが「正しい」かは僕にはよくわからない。それは「納得」の問題なのだと思うが「納得」自体は客観的な問題ではない。僕らが機械に測られているという問題もさることながら、もしそれがミス(ジャッジ)の可能性を排除し、いつであっても「白か黒か」という明白な判断が可能であり必要であるとかという考え方を導いてしまうなら、僕のようなアバウトな人間は生きていけないなあと思う。

「三苫の1ミリ」への賞賛と違和感に対するこだわりは、だから「正しさとは何か」ということを考えるとき、案外大事な問題なのではないかと思ってみたりする。

まったくの蛇足になるが、袴田事件のような冤罪は、証拠をすべてA Iに読み込ませればその可能性が低くなったのだろうか、それとも「人間」を前提とする曖昧や灰色や違和感をきちんと認識の前提として確認できれば防げたのだろうか・・、などと思ってみたりする。

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