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私は大人で、よかった。窓際のトットちゃん感想

評価:3.6
ネタバレあり
原作は未読です

子供の頃のノスタルジーをかきたてたられるような、
郷愁を誘う童話みたいな作品なのかと思って観に行ったが、
私の心に浮かんできた感想は、
私はもう、子供じゃなくて、良かった……
というものだった。
なんでそう思ったのだろう?
自分なりに考えながら言語化を試みてみようと思います。
お時間ありましたら、どうぞ

奇跡の特別支援学校


トットちゃんとは、今で言うところのADHDというか、多動ぽい傾向がある子供だったと思う。

トモエ学園とは、今で言うところの特別支援学校のようなものだったようだ。

無知で本当に恥ずかしいのだが、
過去において、特に戦前の時代に特別支援学級がどのようなものであったか?ということは、
これまで考えたことがなかった。

ところで、
私はあまりに障害者と呼ばれる人達のことを知らなすぎる、ということが気がかりで、
2年ほど前に放送大学で「障害者・障害児心理学」という授業をとってみたことがある。

その授業では、想像に難くないが
社会の中で障害者の方たちの支援・権利・自己実現・社会貢献の理解やあり方については発展途上であった期間が長く、
当然まだまだ途上にある、ということを学んだ。

その点を思い出すと、トットちゃんの通ったこの「トモエ学園」というのは、
戦前、健常者の人権意識さえまだ希薄であった時代、
奇跡みたいに存在した「特別支援学校」だったということが浮かび上がってくる。

(「健常者の人権意識さえ」と書いたが、障害者の人権は健常者の人権の二の次であると考えているわけではもちろんない。
しかしやはり人間は自分がなったことのない属性の人間のことを自分ごととして捉えるのが、悪気なく難しい生き物だと思う。
そういう意味で健常者が権力側に多いのであれば、障害者の支援や権利の確立は遅れがちになるだろうとも思う。
そうであるべきではないと思うし、そもそもすべての人に障害者になる可能性があるということを考えれば、無関係でいられる人なんていないはずだ。)

Twitter(X)などで特別支援学校に勤めておられる方の発言を時折目にすることがあるが、
今や、個々の発達に合わせた教育を施す特別支援学校の方が、
ブラック校則が横行し、型にはめこまれる教育を施される普通学級の子供たちよりも、精神的に健康に育つそうだ。
考えてみれば、当たり前のことなのかもしれない。

そういった知識の断片を、
この映画を見ながら再確認していくような感じだった。

子供時代の退屈な記憶


私はいわゆる健常者として生きてきたわけではあるが、
このトモエ学園で、あの校長先生のもとで、
のびのびと育っていたら、どれほど良かっただろうと子供時代を振り返った。
というのも新興宗教2世として割と辛い目に遭って育ってきたからだ。

しかし今となってはその記憶も遠くなり、
つらい過去も他ならぬ「私」を構成する要素ではあるので大切な記憶のような気もしている。

本題に戻るが、
トットちゃんのように恐ろしく恵まれた幼少期を過ごした人間にとっても、
子供時代とはかくも無力で、無知で、退屈なものなのかと、映画を見ながら新鮮な気持ちになった。

例えばゲームのRPGでも、序盤も序盤、二番目のボスくらいまでの間というのは、できることも少なく、後半に自由度が高まり戦略の幅が出る頃に比べると退屈に感じるかもしれない。

同様に人間の子供時代というのも、
イノセントで、何でも許され、愛情を注がれ、輝くばかりの幸福な時代なのかと思いきや、
実は、できることも少なく、知っていることも少なく、自発的にできることもあまりなく、まわりの人のなすがままになるしかない、
実は退屈な時代なのではないか?
それこそゲームのチュートリアルみたいに……

そのことを特に感じたのは、この映画の一つの象徴的なシーンにさしかかった時だった。

人を助けるとはどういうことか


あまり詳しくないが、
黒柳徹子といえば、ユニセフ親善大使として発展途上国の人道支援でも知られた人だ。

そうした活動のきっかけとなったエピソードなのだろうか。
作中でトットちゃんは泰明という小児麻痺の少年にこだわり、
少年の動かない手足を無理にひっぱって、
なんとか木に登らせようとするシーンがある。

このシーンをどう受け止めたらいいか分からず困惑したし、結局それは最後まで分からなかった。
たしかに、木に登った泰明は嬉しそうであったので、これはこれで良かったのかもしれない。

でも、泰明はこれから「自分一人では木に登れない人生」を生きていくしかないのだ。

幼い子供が、他の子たちと同じことをやってみたいという時にそれを諦めざるをえない状況というのは、
健康な側の人間からすると可哀想に見えたるのかもしれない。
でも、早めに折り合いをつけさせ、自分の状況を受け入れさせ、その地点からの自己実現を計画させる方が、結果として本人のためになるということはないか。

というのも、
私だってあまり容姿が良くないからといって、
ミス・ユニバースみたいな女の人から「ミスコンに出られない容姿でいるのは可哀想だから」って言われて整形費用を寄付され「この水準まで登ってこい」と「支援」されたら傷つく。
「この体とこの色で生き抜いてきたんだから」(ポケットビスケッツの歌詞です)と思っているし、
ボーン・ディス・ウェイとも言うではないか。

でもまぁ、今回のように例えば長く生きられない、みたいな状況なのであれば、
その年代の価値観で抱く願い(子供であれば、まわりの他の子と同じことがしたい、というような)を、叶えてやることが人道的な支援たりうるのかもしれない。

中盤、子供っぽい浅い(?)道徳観を窘めるように、
泰明との腕相撲でトットちゃんが負けてやり、そのことで泰明が激怒する描写があったのは良かった。

やはり他人を「支援」するということは、
そんなに簡単なことではない。
それこそ子供にできるようなことではない
のではないか。
この時のトットちゃんの「おもい」は、純粋な尊いものであったとしても……。

トモエ学園で校長先生がやっていたようなスゴい教育とは対照的に、
トットちゃんのやった「支援」のバリエーションの貧弱さ、軽薄さが、
子供時代の無知、無力を強烈に感じさせ、
退屈さとして感じられたのかもしれなかった。

なんにしても。
自分にはない属性を持つ人を、どのように支援するか?
しない方がいいのか?
「支援」したい、という気持ちには、傲慢さがにじみ出ていないか?
とはいえ、やらない善よりやる偽善、が必要であるケースもあるだろう。
すべての人に問いかけられている、
自分じゃない人間をどうやって支援するのか?という問いについて、
改めて考えるきっかけとなった。

歴史的な資料価値がありそうなすごい背景


ところでこの作品の、特に背景美術には目を見張るものがあった。

本当に細かいところなのだが、
当時の建築物の和式便所の下部になぜか窓がついていたりするのが、
祖父母の家にそっくりで、
そうそう、昭和の家ってこういうのだった!と思い出した。

駅の改札、街路の電信柱、一般家庭の台所、
今となっては失われてしまった昭和初期の日常を、
私が気付けないところまでも詳細に作り込んでいたと思う。

こういう全ての小道具、大道具を詳細に調べてから描写していくような、途方もない細かい作り込みが、
「アニメ」映画に不釣り合いなほどのリアリティをもたらしていた。

今後、昭和の時代について調べようとした時、
この映画を見ることがすすめられるようになるかもしれない。
原作者の黒柳徹子に監修を頼んでいるというのも、当時をより正確に描写している裏付けともなっている。

ヒヨコが死んだのが悲し過ぎる


ところで本題とはほとんど関係がないのだが、
トットちゃんがヒヨコを飼い始めたくだりで、
私の飼っているハムスターのことを思い出さずにはいられなかった。

我が家のハムスターは1歳のゴールデンハムスターで、名をハム太郎という。メスだけどハム太郎と名付けた。

独身処女で、友人たちもみんな結婚して身近にいなくなってしまった私の「友達」といえば、今や彼女だけである。

彼女は身体は小さいが、大きい生命力を持ち、私の小さなアパートで、文句も言わず一緒に住んでくれている。

ハムスターとは平均寿命の短い動物だ。

彼女の命が尽きることを想像すると、世界が終わるみたいな予感がする。
そのくらい恐ろしい事なのだ。

トットちゃんの両手に乗っかった愛くるしいヒヨコとその死が、
一匹のゴールデンハムスターに仲良くしてもらうことでなんとか慎ましい人生を送っている人間にとっては異常に重たく感じられた。

ヒヨコが死んだのが辛すぎた……

まとめると


トットちゃんのような子供時代を過ごす人間にずっと憧れていた。
けっこう苦労した子供時代だったから。

でも憧れてた子供時代を過ごすトットちゃんの物語からは、
私が子供時代に感じていて、特にイヤでイヤで仕方なかった退屈感と無力感が同じように漂っていた。 

ということは、
私は自分の生い立ちがイヤだったんじゃなくて(それもあるだろうが)
子供であることがイヤだった、ということなんだろう。

だから曲がりなりにも大人になった今、
子供じゃなくて心底良かった、と感じたのかもしれない。

私は子供の頃、母親から急かされ、いつも早く歩かなければいけなかった。
でも大人になった今は、突然道端にうずくまり、好きなだけ蟻の行列を眺めるのも自由だ。
もちろん、人に迷惑をかけてはいけないが、
大人になれば、子供時代よりももっと子供っぽく、無邪気でいられるように感じている。

抑圧の強い子供時代だったことの強みは、大人になってからの開放感があること、そしてその開放感が人生の楽しさを感じる一助になっているのだなと結論した。

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