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カオサン・ワットポー・ソンナノカンケイネ〜《夫婦世界一周紀 11日目》

眠くてたまらない。

タイに到着してからすぐに寝たが、睡眠時間はまだ足りていなかった。

気圧のせいもある。到着してすぐに、かなり強いスコールが降った。僕もフウロも、気圧の変化に敏感だ。頭が重くてぼんやりしている。

強い蒸し暑さも疲労に拍車をかけていた。宿のクーラーはガンガンにつけていたが、それでも部屋は暑いし喉は乾くし散々だ。

タイを満喫するためには、ロシアで蓄えた疲労を全部落とす必要がある。

近くで評判のタイマッサージ店に行ってみることにした。

これまでのあらすじ
夫婦で行く世界一周旅行の旅10日目。ロシアとトゥヴァの滞在が終わり、次の国は微笑みの国タイランド。蒸し暑くてワクワクする熱帯の地域で10日間の滞在をします。

小さな路地は車一台が通るのがやっとというような細さだ。ここをアメ車が闊歩する。

軽自動車の方が小回りが効くしいいなじゃないかなと思ったけれど、乗っている人は少なかった。

宿のすぐ近くは建築工事の真っ最中。みんなのんびり、そこそこてきとうに工事をしている。宿の壁の内側が見えた。骨の中みたいにスッカスカだ。

バンコクはほとんど台風が来ないらしい。でも、地震でもくればあっというまに崩れてしまいそうな危うさがあった。

密集して建てられている住宅はどれも改築増築が施されている。ペンキの色褪せ具合で増築の痕跡がわかるが、増築した方の壁のペンキもほとんどが剥げかかっていた。

都心部でもこうなのだ。タイの平均年収は100万円前後と言われている。皆貧しく、でも楽しそうに暮らしていた。

案内されるがままにタイ式マッサージのチェアに座る。

フルコースをお願いすると、まずは足を洗ってくれた。

爪ブラシを見ると小学校の時を思い出す。マッサージ全般が苦手なフウロはすでに体を強張らせ必死に耐えていた。

本人曰く、マッサージで肩が凝らなかったことはないらしい。


薄暗い部屋に案内され、全体のマッサージが始まった。

肩からふくらはぎまでぐにゅぐにゅと揉まれ、肘で押され、つねられる。

力はちょうどいい。こわばった体がどんどんほぐされていくのを感じた。

考えてみたら、マッサージ店に行くのは人生で初めてだ。これだけ気持ちいいのであれば、きっとフウロも気持ちいいだろう。

マッサージは僕の方が早く終わり、垂れていたカーテンが開けられた。

フウロを見ると、眉間に深くシワを寄せて必死に耐えていた。

なんだかマッサージの人も機嫌が悪そうだ。フウロが「痛い!」と叫ぶと、タイ語でごにょごにょと呟きながら、余計力を入れている。

「痛いはずがない」

タイ語はわからないが、そう言っているように思えた。

僕の体はすっかり軽くなり、心なしか代謝が良くなったようだ。外を歩いているだけで汗が吹き出る。

フウロはしきりに痛い痛いと言いながら、まずは宿で仮眠を取ることにした。

「別にどこも行きたいところはないなあ」

フウロがそう言うので拍子抜けしてしまった。

タイの滞在二日目。昨日は夕方に着いたから、今日から本格的にタイの滞在が始まると言うのに、カオサンももう十分と言う。

まあでも、なんとなくフウロが言っている意味が分かった。

バンコクのこの場所はなんだか、観光地すぎるのだ。

ロシアでもトゥヴァでも、僕たちはほとんど観光客に会わなかった。だから周りにいる人たちも僕たちを観光客擦れした態度で話しかけてきたりはしなかった。

ところが、バンコクでは街の十字路の至る所にトゥクトゥクがいて、必ずと言っていいほど声をかけてくる。

それも流暢な日本語でだ。

「カオサン・ワットポー・ソンナノカンケイネ〜」

「ドコシュッシンデスカ?トウキョー?オーサカ?バカヤロ!バカヤロ!」

時々お笑い芸人のネタが混じる。日本人観光客が面白がって教えるのだそうだ。

すっかり食傷気味で、大学生の時はこういうの好きだったのにね。とフウロと話し合う。

ライブに行けば必ずモッシュピットに突撃していたあのころの元気はもうない。

勢いを楽しむよりも、じっくりこっくり味わいたい。

みんなでわいわいより、ふたりでしっぽり。

みんなと同じ体験をするために世界を回るのではない。

規模が小さくてもいいから、僕たちだけの経験がしたかった。

そんな場所があるのか、街歩きをしているだけで少しずつ不安になっていった。

どかーんと大きな大仏様を見ても、その感覚はあまり変わらなかった。

あたりの雰囲気も、観光客も、細部のクオリティも、全てが自分たちを招いていないような気がする。

きっとそれは、僕たち自身がノっていないからだ。

せっかくだしとワットポーを訪れてみたが、「せっかく」で得られるものが大したものではないことはよく分かっている。

「空から太鼓の音が降ってるから山に登る」ついついトゥヴァを重ねていることに気が付いて、いかんいかんと考え直す。

ここはトゥヴァではないのだ。

トゥヴァを超えなくなたっていい。僕たちにとってのタイらしさが見つかるといい。

それこそが旅の醍醐味なのだ。

ソンナノカンケイネ〜とは言えない。

《300円で連載中:こちらから》
「ものづくり夫婦世界一周旅行紀」は、一年前の今日世界を旅してきた僕たち夫婦の旅エッセイです。2018年8月19日から2019年12月9日までの114日間の記録をほぼ毎日連載します。一度購入して頂くと連載を全て読むことができます。マガジンに飛ぶ

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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