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言えなくてごめんね

ある日、患者さんが亡くなった。
自殺だった。
夜中にそっと逝ってしまわれた。
当時管理部に配属されていた私は、発見されたその日の朝、
知ることとなった。

私たちは万能ではない。
「死ぬ」と決めた人は、驚くほど用意周到に、バレないように、
確実に既遂される。

ただ、今回の自殺を振り返ると、サインはいくつかあった。
現場に居ないからそう言うんだと思う人がいるかも知れない。
そうかも知れない。
でも。と思ってしまう。
何人もの救えなかった命を経験してきて、
自殺防止のための勉強をしてきて…。

夕方、亡くなった患者さんがいた病棟の管理者が私の部屋にやって来た。
ドスンと椅子に座るなり
「私は人の命を助けるために看護師になった!」と突っ伏した。
「死にたい人の命を助けるためじゃない!」
(死にたい人なんていない。病気がそうさせていること。
それを知らない訳じゃないでしょ…)
「死にたい人なんて大嫌い!」
(あなた、精神科の看護師になって大分経つじゃない。
気分障害を主にした部署にも居たよね?
まさかうつ病の基本を知らない訳ないよね?)
「私は生きたい人を助けるために看護師になったんだ!」
(…そうだよね。そんな基本を知らない訳ないよね。
今彼女は傷ついているから…だよね。
今彼女に必要なのは、自分の傷を癒すことだよね。
そこからでなきゃ、振り返る事なんてできないよね…)

頭ではそう思いながら、私はただ側に座り、聞くことしかできなかった。
ただ黙って聞くことしか。
何のリアクションを返すこともなく…という記憶しかない。
どうやってその場が終わったのか記憶にない。

私はあの時、なんて返答すれば良かったんだろう。

十数年、頭の中で自問自答してきた。
どうして何のリアクションも返せなかったんだろう…
何十回、何百回と繰り返されるシーン…

ある日、頭を洗いながら気が付いた。
ああ、そうか、私も傷ついていたんだ、患者さんを守れなかったことに…
そこに彼女の言葉で余計に傷ついちゃって、
それで何にも言えなくなっちゃったんだ。

なんだ。
こんな基本的なことに気づけなかったなんて、
やっぱり私は足りないんだな。
言えば良かった。傷ついたよねって。私も傷ついてるって。
辛いって。
傷ついてるって気づいてないにしても
「かける言葉が見つからない」とか「頭が真っ白」とか
自分の「今」を伝えれば少しは場が動いたのに。
ひどいことをしてしまった。

今頃彼女の中でこの一件はどういう記憶になっているんだろう。
まだ精神科で働いているかな?
ごめんね、あの時、私はあなたの事も守ってあげられなかった。

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