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「不登校への理解」を深めたパパ。

不登校メカニズムにはざっくり言うと初期、中期、後期というような時期があって、その長さは人それぞれ。

ただ、その時期に合わせた言葉がけや対応が大切だということを、自分なりにいくつか学んできたことがあった。

ぴぃを信じられるように、なりたい母親になれるようにと、不登校カウンセラーさんのメルマガやSNSを見て、自分なりにこれならできるをたくさん参考にした。

そのために、自分の中にあった「普通」をたくさん捨てた。

自分の気持ちをたくさん押し殺して、言いたいことも言えず、我が子を腫物のように扱う。

一方、ぴぃの話は遮ることや意見することなく聴いて、聴いて、ただ聴いて。

これでいいんだ、意味のあることなんだと信じて過ごしてきた。

パパは、こんな私の姿を見て、ただの甘やかしと捉えているようだった。

そして「あきらめた」「期待しない」という言葉を、いい意味ではなく、嘆くように発して、自分を納得させているように見えた。

私「今はこういう時期だから、私たちはこうあろう。」

と、不登校メカニズムとぴぃの現状について、どれだけ説明しようとしても、「ごめん、きっとずっと俺には理解できない。」と聞き入れてくれない時期が長かった。

ただ、そんなパパでも、ぴぃに注げない分のエネルギーを、家族にしっかり注いでくれていた。

私が無理をしないと手放した家事を補い、あえて小学生みたいなアホ発言と明るさで家族を支えてくれていた。

ぴぃと私が笑っていることが、パパの安心になっているようだった。

特にパパの家事スキルのアップは、これまでの道のりにはなくてはならないほど心強いものとなった。

母親と父親では役割が違う。

私はそう思うことで、パパに求めてしまう部分を胸にしまうことにした。

ぴぃに寄り添い、ぴぃの話を聴き、ぴぃをサポートするのは私の役割。

ただそれだと、親子の信頼関係に圧倒的な差が出てしまう。

ぴぃの味方はママだけじゃなくてパパもだし、パパのおかげで私たち家族があるんだということを、ぴぃにしっかりと感じてもらう必要を感じた。

私は常に、パパに感謝していることをや、パパのいいところ、パパが頑張っていること、ママはパパが好きだよと、ちゃんとぴぃに伝えるようにした。

ぴぃに対して根底で分かり合えていないもどかしい気持ちはあっても、自分なりに頑張っているパパへの感謝が消えなかったからこそ伝えてこれたと思っている。

甲斐あってか、思春期真っ只中のぴぃは今もちゃんとパパが好きでいてくれる。

年が明け、ぴぃが自ら居場所を求めて、動き出そうというころ、ふとパパが言った。

パパ「最近ぴぃが明るいね。よく笑うし。」

確かに時々私にだけ見せる不安はあっても、ガハハと笑っていることが増えた。

いつもYouTubeばっかだったのに、一緒にテレビのバライティ番組を見て笑い合うことも増えた。

私もだけど、パパもそれが嬉しいらしい。

ふと、ぴぃの担任の先生が置いていった、「不登校の理解を深める」という講座の出欠プリントが目に入る。

講座内容はきっと、私がこれまでに身につけた知識と変わらないものだろうけど、先生が勧めてくれたものだからと、1人で行こうと思っていた。

なんとなく今のパパなら一緒に行ってくれる気がした。

「行く?」というお伺いではなく「パパと一緒に行きたいんだけど」と願望として伝えてみた。

一拍あったのち、「行こうか」と言ってくれた。


講座当日。

夫婦での参加者が少ないことに不安げだったパパは講座の間、時々メモリながら、時々大きく頷きながら、聞き入っていた。

講座の途中、同じように不登校の子供をもつ母親たちとグループになって話し合う時間があり、パパはそこで積極的にぴぃのことを話していた。

パパ「娘がパニックを起こしてマンションの階段を駆け上がって行ったことがあった。それがあってから、今生きてくれていることの大切さを見失ってはいけないと思った。」

学校に行かず、全く勉強しない我が子のことを嘆く母親にそんなふうに伝えていた。

そんなふうに思ってきていたことに正直びっくりした。


講座を終えた帰り道。

パパ「とにかく今のぴぃの様子だと、現状、中期にいるらしいってことがわかってよかったよ。」

私「うん、何も変わらないように見えてぴぃはちゃんと成長してるんだよ。」

パパ「あと、俺はずっとぴぃが強迫性障害のせいで不登校になったと思ってたけど違ったんだね。不登校になる兆候の途中で強迫性障害を発症したんだね。そこは切り離して考えないといけなかったんだ。」

私「私はもうずっと前からそう伝えていたけどね・・・」

パパ「いや〜しかし、ほとんどママが言ってたことだったね。なんでママからでは頭に入ってこなかったんだろう。」

私「でしょ??散々言ってきたのに、全然聞き入れてくれなかった。でも、私が一回完全に壊れたからだろうね。そっから這い上がってきても、心配と不安しかないもんね。」

兎にも角にも、とても意味のある時間になった。

パパが主体的に講座の内容と向き合ってくれたことで、私がパパに求めていたこと、「不登校への理解」をしてもらえたことに安心した。


この一件以来、我が家はより明るくなったように感じる。

パパのぴぃを見る目線が変わっていることも感じる。

パパはあれ以来、講座で得た知識を度々口にする。

「父親はみんな不登校の講座を受けるべきだ。」

とも言っている。

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