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「子どもの信じていたものがなくなる時、夢もなくなるのか?」

                                                                                                    2014.12.09記録
 
かつての我が家の息子たちのクリスマス時期の様子をお送りしています。
当時の文章に加筆・修正をしております。
 
まるで天上から聞こえてくるかのような美しい高音が素晴らしいカウンターテナー・スラヴァの『アヴェ・マリア』を聴きながらお読みください。

ある日長男が、
「ねえ、おかあさん。次男くんと話してる時気づいたんだけど、どうやらあいつ、もしかしたらまだサンタクロースを信じてるかも」
と言うのです。
 
ちなみに…ここでリマインド!
 
長男は来月で19歳、次男は16歳です。(2014年当時のことです)
いやあ…あの子らも“いい兄ちゃんたち”に成長したもんだ!
 
で、このサンタ話。
「は!?まさかでしょ。逆に、なんか心配…。な、なんで?」と私。
 
「いやあ、なんとなく話の流れでサンタクロースの話になったんだけどね。以前つぅか、子供の時、クリスマスに置いてあったサンタの置き手紙さ!あれだよ」
 
うん…もちろん覚えていますよ。
夜寝る前に、テーブルにケーキとビールを置いて「サンタさんへ」とメモを書き置き、朝になるとちゃ~んとプレゼントと引き換えに食べてあって、英語で書かれた(母が必死に書かせていただきましたっ!!)お返事が書いてあったという過去。
これで、子どもたちの素敵な夢が続いたのですよ。
(我ながら、頑張った~と自画自賛…)
 
それを今もホンモノと信じているようなフシがあるらしいのです。
なんか…ここまでおばかだと、やはり逆にかわいいものです。
 
長男も優しい兄だから、
「俺、あんまりやたらに変な事は口走らないように気をつけよう…」と言ってくれました。
 
「うん、そうしてあげて!」
と、次男の夢をいまだ傷つけないように必死で守る母と兄なのでした(・ω<)
 
そしてその後、いつどの時点で真相を彼は知ったのでしょう?
はっきりとはこのことについて会話しませんでしたが、たぶん長男といっしょで友人と話したり、テレビなどメディアでは情報があふれているから自然と知ることとなったのではないかと思われます。
 
果たしてその時、次男の心の中ではどういう感情が生まれたのでしょうか。
“がっかり”なのか、“これまで自分たちをだましてきた親はいったいなぜそんなことをしてきたのか”と思ったのか。
 
“サンタさんって本当にいるのかしら?”から、
“もしかしたらいないんじゃないかな?”となり、
“結局誰も見たことないんだからいないんじゃ?”…そして
“全部親がやっていたことなの?”という風に感情が移動していったのでしょうか。
 
最後に出てくる感情は落胆なのか怒りなのか?
 
たぶん次男のことを知る母は、きっとこの子は動揺したのではないかと思っているのです。
顔には出しませんが、信じていたものがニセモノだったとわかった時の思いは、似たような経験をした私だから同じ血を分けた親子としてわかる気がします。
 

私はそんなに裕福な子ども時代を送っていないし時代も違うので、クリスマスのお祝いをしたりプレゼントをもらったりとかの経験はありませんでした。
時代の風潮もまだまだそういうサンタ伝説に盛り上がることはなかったのです。
 
だからサンタさんは小さい頃からいなかったし、次第に欧米の文化を見聞きするようになっていっただけでした。
 
私ががっかりしたエピソードは全く違い、純和風のお話です。

子供向けにかかれた古事記だったか日本書紀だったかで読んだものです。
この日本がイザナギとイザナミによって、天上からまだどろどろとした地上に棒を突っ込みぐるぐると回して引き上げた際に零れ落ちたしずくが4つ。
それが日本列島だという話。
 
まだ7歳か8歳くらいだったと思いますが、他に何の情報ももっていなかった年齢に、ファンタジーと史実の違いもよくわかっていない時に、他人よりそういう神秘的なものが大好きだった私はこの話を真実なのだと簡単に信じてしまいました。
 
そして成長するにつれ、地球や国土の成り立ちをあらゆる情報源で知っていくうちに、なんとなくあの話は作り話だったのかと、自分の心の中で確定させたときに激しい動揺を覚えました。
そして当分そのがっかり感は続きました。
 
そして大きくなるにつれ、自分の中でけじめをつけてファンタジーものを愛するようになっていきました。
 
子どもに嘘を吹き込むなんて!という怒りはありませんでした。
ただただがっかりしただけでしたが、ちょっぴりさみしくもあったのは否定しません。
でも、ファンタジーを事実と信じていた頃はワクワクまではしませんけど、夢は持っていました。
 
「へえ~、なんか、いいな」
 
それくらいの感情ですね。
 
だから私は子どもたちにはずっと夢を持っていてほしかったし、嘘でもそれもまたいい思い出じゃないかと割り切ってほしかったのです。
このクリスマスのイベントを我が子たちに必死で行っていたわけは、そんなところにあったのです。
 
夢…何があっても破れない強固なものを、もちろん私もですけど、息子たちには持っていてほしいと思う今日この頃です。
母の願い。

※さて、12月に入ってから続いてきた息子たちが小さい頃のクリスマス関連の日記はここで終了となります。
ここまでお付き合いくださった皆様、どうもありがとうございました。

クリスマスは母親になってから、ものすごく素敵な思い出しか残っていません。大変だったけど楽しんでやってきたし、やってきてよかったと思っています。
それを記録としての日記だけじゃなく、その時の思いのままも一緒に残しておいてよかったなと改めて思います。

 またずっと後になってこれを読み返していい思い出に浸るんだろうなと信じております。

次回からは再び読書感想について書いていきたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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