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♤Q 自己中 わがまま

「わがまま」から「幼い」や「お嬢様」が連想されるのは、日本独自のものだと思う。
男は女を立てる的なイメージからそう来たのだろうが、その2点以外にも日本人が地味に重要視している「みんな一緒」が出来ない人をそう呼ぶ。

何かで読んだが、海外においてのわがままは「他人の事情を尊重せず自分勝手に振る舞い、決める人」を指すそうだ。島国と陸続きの国の圧倒的な差を見せられた。

しかしワガママの定義が異なっていても、魅力的な女性のわがままは聞きたくなるものだ。例えば峰不二子にがままを言われたその日は天にも昇る心地だと思う。話してもらえるだけで感動ものなのに。

ジブリ作品には芯が通っている女性キャラが多い彼女らは大体主人公か主人公を支える役割になあたるのだが、わがままな女性キャラもきちんと存在する。
それこそ日本人が想像するわがままだったり、何にも流されない自由奔放だったり、いい意味で「わがままの定義」を裏切る魅力的な人達で満ちている。

今回はそんな数あるジブリのわがままなキャラの中から、私が1番わがままだと思う彼女について書く。

彼女は優しく狡く、悪かった。

その彼女は2013年に公開された「風立ちぬ」のヒロイン、里見菜穂子である。

映画を見た人はなぜ?と思うだろう。先の文章で定義したわがままにも全く当てはまらない。むしろ真逆で上品でお嬢様の見本のような美しい人だ。 だからこそ、そんな人が放つわがままは何よりも特別で誰よりも魅力的に映るのだ。

菜穂子風立ちぬの儚いヒロイン。劇中における華のように無邪気で、│強《したた》かで、可憐なわがままを紹介する。

※ここからはジブリの配布画像と共に話の流れに沿って菜穂子という人間について語るのでネタバレに注意していただきたい。
※画像キャプションの言葉は映画とは全く関係のない筆者の都合のいい解釈である。

あらすじ

かつて、日本で戦争があった。
大正から昭和へ、1920年代の日本は、不景気と貧乏、病気、そして大震災と、まことに生きるのに辛い時代だった。
そして、日本は戦争へ突入していった。
当時の若者たちは、そんな時代をどう生きたのか?
イタリアのカプローニへの時空を超えたへ尊敬と友情、後に神話と化した零戦の誕生、薄幸の少女菜穂子との出会いと別れ。
この映画は、実在の人物、堀越二郎の半生を描くーーー。
堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて。
風立ちぬ公式

登場人物

今記事ではヒロインに焦点を当てるので2人だけ紹介する。
(彼ら以外のキャラクターも魅力が満載なので、この記事で興味を持たれた方がいたら是非映画を見てほしい。)

右:堀越二郎 今作の主人公。飛行機のパイロットを夢見るが、近眼のため断念。飛行機の設計士を志す。

左:里見菜穂子 ヒロイン。結核を患う。資産家の娘で趣味は油絵を描くこと。上品で、明るい性格の持ち主だが、その目には芯の通った強さがある。

菜穂子のわがまま集

二郎。帰省先から大学へ戻るための汽車のデッキで本を読んでいると、列車は橋に差し掛かる。橋下からの風に煽られて彼の帽子が飛ばされるも、その帽子を捕まえてくれたのが少女だった菜穂子である。

彼女は帽子を飛ばした風を比喩して「Le vent se lève?」と二郎に問う。それに二郎は「Il faut tenter de vivre.」と続ける。それは「風立ちぬ(風が立った)」と「生きようと試みなければならない」というフランスの詩人、ポール・ヴァレリーの「海辺の墓地」という作品の一節だった

L'air immense ouvre et referme mon livre,

La vague en poudre ose jaillir des rocs!

Envolez-vous, pages tout éblouies!

Rompez, vagues! Rompez d'eaux réjouies

Ce toit tranquille où picoraient des focs!



「風が立つ!・・・・・・生きる努力をせねばならぬ!

広大な大気が私の本を開いては閉じ、

波が飛沫となって岩をほとばしる!

飛び去るがいい、光にくらむページよ!

砕け、波よ!砕け 喜びに沸き立つ水で

三角帆が餌をついばんでいた穏やかな屋根を!」
(ポール・ヴァレリー 海辺の墓地より) 

岩波文庫フランス名詩選 [ 安藤元雄 ]


その直後、大地が轟き汽車は止まる。関東大震災が起こった。

列車から避難する二郎、菜穂子、女中のトキ(脚を負傷したため二郎に背負われる)

列車から避難し、2人を家人に引き終えると、二郎は名乗らずその場を去る。最高にカッコいい。

震災から月日が経ち

名古屋にある飛行機工場、三菱に入社した二郎。彼は日本陸軍のための戦闘機を製作する事となった。

しかし思い通りの飛行機は完成することはなかった。

入社直後に携わった日本陸軍のための戦闘機「│隼《はやぶさ》型試作戦闘機」も、入社5年目で更に要求が厳しい日本海軍のための「七式艦上戦闘機」も隼同様に空中分解をして墜落してしまう。
そのことに傷心した二郎は、休暇をもらい軽井沢のホテルに滞在する。そこでかつての汽車の少女と再会する。

2人は恋に落ち、軽井沢の日々を謳歌する。ある晩、菜穂子の父に婚約の許可をもらおうとした二郎に彼女から結核の告白をされる。

「そんな私でもいいですか一?」

しかし楽しい時間は長く続かない。菜穂子の容体が一変して山奥のサナトリウム(療養施設)に入ってしまう。
病魔に蝕まれるにつれ、寂しさと孤独さと共に「二郎と少しでも長く居たい」と強く願うようになる菜穂子。
ある日我慢の尾が切れ、二郎に会いたい一心でサナトリウムを抜け出し列車に飛び乗る。知らせを聞いた二郎も慌てて駅に走り、再会を果たす2人。

サナトリウム脱走 二郎に会いたい一心でただ走る。「命が尽きるまで一緒にいてくれる?」

結納後、二郎の上司であり結納の仲人になってくれた黒川夫妻の家に居候となる。
片時もそばから離れないと右手だけで設計図を描く二郎と、彼の左手を愛おしそうに握る菜穂子

病床の傍らで仕事をするニ郎を見つめながら。煙草を吸う彼に向かって「私を覚えてくれる?」


残酷な事に病魔は時間という概念を持たずひたすらに菜穂子の命を貪る。
身体を騙し騙し過ごしてきた菜穂子も、とうとう限界を悟りお世話になった黒田夫人を欺きひとり静かにサナトリウムへ帰る。
その姿はまるで猫のよう。

黒田家から去るとき 「貴方の中だけでは美しいままの私でいさせて」

同時刻、二郎が行っていた飛行試験は、九試単座戦闘機が最高速度240ノット(444km程度)という驚異の記録を出し、二郎はこれまでの設計師として最大の栄光の瞬間を迎えていた。

最後のわがまま

それから数年後、二郎は夢の中にいた。
夢の中の二郎は美しい草原に立っていて、そこには美しさと不釣り合いな飛行機の死骸がに葬られている。

二郎の先にはカプローニ(二郎が尊敬する飛行機設計者)が居る。
「君の10年はどうだったかね?」という氏の問に。「力は尽くしたが、終わりは散々だった」と応える。
そこへ二郎が九試単座戦闘機の後継機として設計した、零式艦上戦闘機(零戦)が飛んでくる。
カプローニは零戦を「美しい」と讃えるも、「一機も戻ってきませんでした」と二郎は答えた。

零戦は群となり、夕暮れへ吸い込まれていく。
その面影を見つめる二郎にカプローニは「君を待っていた人がいる」と呟く。
カプローニの目線の先には黄色いワンピースに身を包み、白い傘をさす菜穂子がいた。
彼女は風に吹かれながら│徐《おもむろ》に手を振り、2人の居る方へ歩いてくる。
そして二郎に「あなた、生きて。生きて。」と最後のわがままを告げた。

死後、回想の菜穂子 「あなた。生きて」

二郎は溢れる涙を堪えながらうん、うんと頷き、「ありがとう、ありがとう」と繰り返す。その言葉に安堵し、美しく笑みを浮かべた菜穂子の姿は、光とともに空になるのだった。

まとめ

昨今「純愛だよ」が流行っていますが、純愛にも多様な形があるんだよって事を書くことができました。

ジブリの恋愛は大好きだけど、ここまで胸が張り裂けそうになる純愛は風立ちぬ以外ない。
成熟しすぎてない、本当に純粋な時期の若い男女の、美しく儚い純愛物語の紹介でした。

ゴールデンウイークは天気がよろしくないという噂があるのでお家で映画鑑賞なんて如何でしょう。

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