小説「ヘブンズトリップ」_23話

 病院の待合室にはほとんど人がいなく、黒の学生服を着た俺はずいぶん目立つ。
 スタスタと通路を抜け、入院患者が多く利用する休憩スペースまで、やってきた。
 史彦は自販機近くのテーブルでパソコンを開いていたので、すぐにわかった。向かいに太一も紙パックのジュースを手にしながら、おとなしく座っていた。
 すぐに駆け寄ると太一は俺の登場に大きく反応した。
 「お兄ちゃん!」
 太一に後ろめたさを感じていた俺の心配は喜んで声をあげてくれた彼のおかげでいっきに吹き飛んだ。
 史彦は脇目も触れず、パソコンにかじりついていて、太一の相手を放棄している。
 俺が太一の隣に座り、史彦の正面でかばんを横の席に置いたら、ようやく俺に気がついたらしく、声をかけてきた。
 「なあ、この間、俺たちが見てきた連中・・・」
 史彦の言動にすぐに反応して前のめりになった。
 「警察のひとははっきりとは教えてくれなかったじゃん。だから調べてみた」
 「それで、何かわかったのか?」
 「小さな宗教団体の生き残り・・・みたいな人たちってとこかな」
 わかにくい説明だが、意味は伝わってきた。そのまま史彦は丁寧にクリップで留められた数枚のA4サイズの紙を差し出した。ネットのページをプリントアウトした紙はツルツルした手触りで扱いにくい。
 載っていた写真を見ただけじゃ、さっぱりわからなかったが、しっかりと文章を読み進めていくと、自分の知りたかったことが紐解かれていくような感覚で言葉が染みこんできた。
 書かれていた内容は、十年前くらいに話題になった「宗教問題」についてだった。
 長い期間にわたって、都市部のビルに設立された某宗教団体の壊滅に伴い、その理念や意思を受け継いだ残党員による小規模の宗教団体の設立が全国で目立った。
 信仰宗教が一般人にとって身近なものになって、普通の会社員や主婦までもが、巻きこまれ信者になっていた事実も明らかになり、世の中はおかしな現象で錯乱していた。
 当時、連日のニュースでまわりの大人たちは過敏に注意を促していたが、子どもであり、学校という場所で生活していた俺たちにとっては気にも止めないことだった。それはきっと彼らの破壊的な思想や行動が直接的に我々の生活を脅かすことがなかったからだと思う。大切なものを奪ったり、傷つけたりしたわけじゃないのに、信者たちは発見されたら警察に身柄を拘束され、捕まっていったのである。だが、今も信者の残党員の小さなアジトは存在しているといるらしく、その全てを捕まえて根絶やしにするのは困難だと書かれていた。
 
 ようするに俺たちが出会ってしまったのは、過激思想を持った信者の残党員だということだ。偶然ではあるが、世の中から排除されるべき人間。
 彼らが本気で自分のたちのやってることが正しいと思っているのなら、俺たちが正義だと名乗っても、こっちが悪になるだろう。 

 「もし、俺たちが遭遇したのが本当に危険なやつらだったのなら、警察の人に感謝しなきゃな」
 史彦の言葉を聞いて、俺はやけに素直だなと思った。

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