失敗しても見守ってくれている人たちがいれば強くなれる
昔読んだ漫画の中で「親が子供に教えなければならないのは『転ばない方法』ではなく、むしろ人間は転んでも何度だって立ち上がれるということじゃないか?」との台詞がありました。
ちなみにうろおぼえだったために今検索して調べたところ、ハチミツとクローバーという漫画でした。最後にいつ読んだのか覚えていませんし、てっきりONE PIECEだと思っていました。
ハチミツとクローバーというのは主に恋愛を扱っている少女漫画です。まさか少女漫画の中で育児論のようなものが書かれているとは思わなくて、調べたときにびっくりしました。
ストレスを減らす考え方
転ばない方法と聞いて思い出したものがありました。それはこの頃、ストレスを軽減するために環境を自分で整えていくことを推奨する考え方が広まっていることです。
我慢をしがちな日本人に対して最近になってそんな言葉が叫ばれるようになったようです。今まで我慢したり自分一人で何とかしないといけないという風潮があったことでそれだけ苦しんできた人が多いということでしょう。
私もその考え方をある程度は受け入れ、実行しています。確かにストレスを感じることは少ないのではないかと感じます。自分が見たい情報だけを見られるようにするというのは心が楽ですし、時間も短くて済みます。
その一方、人は楽しいと思ったり他人が集まっている方に流れやすくなったのではないかと感じています。面白くない、気分を損ねたというものがあればすぐに離れてしまいます。その結果ぽつんと残されたのは私のようなタイプです。
一回の失敗で終わるのは
これまで私はSNSで何度も失敗してきました。SNSでなくとも学校や仕事、私生活で失敗をしてしまって、周りの人に距離を取られてしまった経験がある人は何人もいるのではないかと思います。
悪いことをしたのではなくても何かのきっかけでこういうことが起こります。例えばある一言をたった一人が気に食わないと思ったという理由で、一気にグループごと離れられて仲間外れにされることもありうるのです。
ここで一回の失敗をしたら終わりなのだろうか?という疑問が生じてきます。失敗をした後も近くにいてくれる人もいます。結局のところ、その違いは何なのかと考えてみます。
もちろん、それはそれまでの付き合い方も関係があると思います。付き合いの長さであるとか、相手や自分のそれまでの言動。いろんな要素がある中で関係してくるものはなんでしょうか。
それが周りに根気強く、または気を長くもって「立ち上がるまで見守っていてくれる人がいるか」ということではないかと思うのです。
見守ってくれる人もいる
正直に言います。私はこれまでnoteでいくつも読者の方たちに受けないような記事を書いてきました。うまく書けないときはどうしてもありますし、その場合には一気に数字に結果が出てきます。
その度に落ち込みますし、どうしてだろうと一生懸命考えます。そういう時に一番支えになってくれるのはやっぱり常連さんだったり、仲のいいクリエイターさんのことが多いです。
転んだ時に見捨てないでくれる、見守ってくれる――。その繰り返しに何度救われてきたことでしょうか。うまく書けてないのにごめんなさい、それなのにありがとうございますと何度も思いました。
きっと失敗しにくいテクニックのようなものは存在するのでしょう。けれどもそれはどんなにわかりやすく書いてあっても、完璧に守ることは難しいと思っています。そこにはそれぞれの癖やこだわりなどがあるからです。
それは全て良くないのではなく、それこそがその人唯一の魅力であったり味わいだったりもします。そして欠点は愛される理由になることも多いです。
暖かい循環で生きていく
人は生きているうちに何度も何度も失敗します。生きていて何も失敗しない人はいないでしょう。せめてそのことを胸に、誰かの失敗に関しても寛容な自分でいたいものです。
もちろん、自分自身の失敗に関しても必要以上に責めないようにしないといけないとも思います。自分を満たすこと、それを自己肯定感の考え方では必要だとよく書かれていますが、私にとってはなかなか難しいです。
だからこそ「自分にとって暖かい人たちに囲まれていよう」「好きな人たちと交流しよう」となっているのでしょう。おそらく、そういう人たちは見守ってくれる存在になってくれることが多いからです。
閲覧数やスキの数が減ってしまったときは、例え少なくても見てくれる人がいることに目を向けたほうがいいのだと思います。その人たちはきっと調子が悪くても、私たちのことを見守ってくれている人です。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
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