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◯拷問投票273【第四章 〜反対と賛成〜】



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 すでに夜になり、都会の街はしんとしている。隔離部屋を出てから返してもらったスマホでタクシーを呼んでから、佐藤は、太い歩道の隅に佇んでいる。
 東京地裁の玄関口前の路上には、ぱらぱらと人がいるだけだった。報道陣らしき格好の人もいる。裁判所を出る前には、大手新聞社の人から、顔は出さなくてもいいから裁判員として記者会見に出てくれないか、と丁寧に依頼されたが、佐藤はきっぱりと断った。あとはなにもない。ただ真っすぐと帰宅するだけだ。
 幸いにも、と言うべきか、東京の街は爆撃されていない。
 なにか暴動のようなものが起きているような気配もない。人型ロボットのハッキング事件は無事に解決したのだろうか。
 長いトンネルを抜けたような小さな安心感を抱きつつ、佐藤は、スマホでお気に入りのニュースアプリを開いた。
 いちばん上に表示されているタイトルは、『坂越被告人への積極的刑罰措置 実施ならず SNSでは暴動を呼びかける投稿が拡散』だった。投票結果については田中裁判長からすでに説明があった。拷問が実施されないと知って思わず安堵の溜息を吐きそうになったことについては、墓場まで持っていこうと決めている。少しくらいは暴動が起こったほうが自然だろうが、さして興味はない。
 佐藤は、次の記事タイトルへと目を移す。
 あった。そこにはいままさに佐藤が気になっているタイトルが表示されていた。『大規模なハッキング事件で都内は混乱 人民解放軍が声明を発表』。タップして、じっくりと読んでいった。
『今朝六時ごろから都内のいたるところで人型ロボットが何者かによってハッキングされ、刑罰投票への反対の言葉を叫びだすトラブルが発生しました。ハッキングされたロボットの一部は線路内や道路上に侵入し、一時、都内の交通システムは麻痺しました。人に襲いかかるところは確認されていませんが、SNS上では〈ハッキングされた人型ロボットに妹が殺された〉とするフェイクニュースが拡散し、午前七時過ぎから、人型ロボットを襲撃する事件が相次ぎました。〈ロボット狩り〉というハッシュタグは複数のSNSで世界トレンドにもなりました。現在、都内のいたるところでは、破壊された人型ロボットの残骸が放置されています』
 その記事には、両腕が引きちぎられたロボットが空き地のようなところに仰向けで転がっている写真が掲載されている。顔面は黒く爛れている。その写真に添えるように、『襲撃の瞬間を目撃した男性によると、そのロボットは若者の集団に取り囲まれてバットで殴られつづけた末、ライターで顔を炙られていた、という』と補足説明があった。
 このような悍ましい光景がいろいろなところにあるというわけか。佐藤は、少なからずショックを受けた。