〔刑法コラム4〕正当防衛


 正当防衛は緊急避難とともに緊急行為であるから、まず緊急行為一般の正当化根拠を確認した上で、正当防衛の正当化根拠を理解しておくことが有益である。その上で、正当防衛の成立要件につき概観していく。

1 緊急行為

 緊急行為とは、緊急状態において、国家機関による法的保護を受けられない場合に許される私人の利益侵害行為をいう。
 法治国家においては、本来、個人の法益の保全あるいは法秩序の維持は国家機関の役割であるから、法定の手続によらない私人による実力行使は認められない。しかし、緊急の場合においては、国家機関による救済が不可能又は著しく困難な場合もある。そこで、補完的に、厳格な要件の下で、私人による法秩序の侵害に対する予防・回復が許される場合があり、それを緊急行為ということができる。
 正当防衛(36条)、緊急避難(37条)及び自救行為の三つが、これに当たる。

2 正当防衛の意義

 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は正当防衛行為である(36条1項)。正当防衛の要件を満たしている限り、構成要件に該当する行為の違法性が阻却され、犯罪は不成立となる。

3 正当防衛の正当化根拠

 正当防衛が、古くから人間の自己保存本能に基づく自然権的なものとして認められてきたとしても、今日の法秩序の下で正当化されるためには、根拠と一定の制限が必要である。

〈論点1〉正当防衛が違法性を阻却する根拠をいかに解するか。
 A説(法益性欠如説 平野、前田)

  結論:不正な侵害者の利益は法の保護に値しないとして、「法益性の欠如」ないし優越的利益の原理を根拠とする。
 B説(自己保存本能説)
  結論:人間の自己保存本能を根拠とする。
 C説(法確証の利益説 大塚)
  結論:法秩序の侵害の防止・回復の観点から「法は不正に譲歩しない」という法秩序の存在を確証(確認し、それを宣言)すること(「法確証の原理」)を根拠とする。

 法秩序の欠如ないし優越的利益の原理を説く見解(A説)、人間の自己保存本能から説明する見解(B説)は、個人の権利侵害を問題とする個人の側からの正当化である。これに対し、法確証の利益を説く見解(C説)は、法秩序の侵害を問題とし、社会の側から正当化しようとするものである。両者の違いの背景には、違法性阻却の一般原理を、法益保護の目的に反しないこととする結果無価値論と、社会的相当性とみる行為無価値論との対立がある。
 また、個人の自己保全の利益と法確証の利益を説く見解(大谷など)も有力である。
 いずれの説も、正当防衛の成立する範囲が広がりすぎるのを防ぎつつ、正当防衛と緊急避難の要件の違い(正当防衛がより緩やかな要件の下で認められること)の合理的説明を試みるものである。

4 正当防衛の成立要件

⑴ 急迫不正の侵害の要件

 ⒜ 侵害の「急迫」性

 法益侵害が現に存在しているか又は間近に迫っていることをいう。
 ⅰ 過去及び将来の侵害行為に対して、防衛行為を行うことはできない。
 ⅱ 将来の侵害を予想して予め行われた防衛行為の効果が、侵害が現実化したときに初めて生じるのであれば、急迫性が認められる。
   e.g.忍び返し

 ⒝ 「不正」の侵害

 「不正」とは、違法であることをいう。

⑵ 防衛行為の要件

 ⒜ 防衛の意思

 正当防衛の成立要件として、①「防衛の意思」が必要か、②必要として防衛の意思とは具体的にどのような内容を有するのか、が問題となる。

〈論点2〉正当防衛の要件として防衛の意思は必要か。
 A説(必要説 判例・大塚、大谷)

  結論:防衛の意思は必要である。
  理由:①刑法における行為は、主観的要素と客観的要素からなる。
     ②明らかに犯罪的意図をもって反撃行為をした場合に正当防衛をした場合に正当防衛を認めるのは、法の自己保全という正当防衛の意思に反する。
 B説(不要説 前田)
  結論:防衛の意思は不要である。
  理由:結果無価値を徹底すると主観的事情は違法性に一切影響しない。

〈論点3〉防衛の意思の内容をどう解すべきか。
 A説(目的説)

  結論:防衛の目的・動機を内容とする。
  理由:防衛の意思の本来の意味は、積極的に不正な侵害から自己又は他人の権利を守るという意思のことをいう。
 B説(認識説)
  結論:急迫不正の侵害を意識しつつこれを避けようとする単純な心理状態を内容とする。
  理由:本能的な反撃行為も考慮に入れて正当防衛が規定されていることは疑いないから、防衛の意思は防衛の目的・動機がない場合でも認められるべきである。

 ⒝ 「自己又は他人の権利」

 国家的法益の防衛は本来公的機関の任務に属する事柄である。そのため、国家的法益のための正当防衛は、公的機関の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合にのみ例外的に許容される(最判昭24.8.18)。

 ⒞ 反撃行為

 正当防衛において、防衛者の意図に反して、反撃行為が第三者に及ぶ場合や、第三者の物に及ぶ場合が問題となる。

 ⒟ やむを得ずにした行為(防衛行為の必要性・相当性)

 ⅰ 必要性
   反撃行為が侵害行為を排除するために必要な合理的手段の一つであること
 ⅱ 相当性
   反撃行為が防衛手段として社会的に相当と認められればよい。すなわち、反撃行為が権利を防衛する手段として必要最小限度のものであることを意味し、生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大きかったとしても相当性は否定されない。また、判例は「素手」対「素手」あるいは「凶器」対「凶器」というように、いわば「武器対等の原則」を軸に防衛行為の相当性を判断しているとの評価がある。ただし、例外として、相手が素手であっても体力的にはるかにまさった者の攻撃であり、重大な危険性が認められるときには、より危険なナイフ等を用いることも許される場合がある。

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