見出し画像

クエーカーの価値観 (Quaker Values) (知識編その2)

クエーカーの学校にはそのコアになる価値観(Values)があります。Valuesというのは、個人が判断を下すときに使う基準のようなものですね。クエーカースクールのValuesは頭文字を取ってSPICESといわれ、以下のようなものから成り立っています。

S: シンプルな生き方 (Simplicity)
P: 平和 (Peace):
I: 誠実、真摯 (Integrity):
C: 共同体 (Community)
E: 平等 (Equality) 
S: 地球環境に対する責任 (Stewardship)

生徒は毎日の学校生活の中で先生やクラスメイトとの会話を通じて、このValueを学んでいきます。では次は、SPICESがそれぞれどんな内容かということについて触れていきたいと思います。
 

シンプルな生き方 (Simplicity)

これは、すべてのこと、ものにおいて、シンプルに生きるというValueです。学校では、様々なカリキュラムを通じていま社会であたりまえのこととなっている物質主義について学び、また物質主義と社会問題の関係性について深堀りしていきます。

実は息子の学校の親ってびっくりするような金持ちが多いのですが、ほとんどの親はそれをひけらかざす、格好もカジュアルでシンプルだし、子供も同様にしつけています。英国王室の王子様とかがエコノミークラスで旅行するのを彷彿とさせますね。学校としても、生徒を選ぶ際に高所得者層ばかりにかたよらず、様々な社会的背景の家庭からも選ぶようにしていて、あまりお金持ちではない子供も学校に入学できるように奨学金制度(Financial Aid)も充実しています。とはいえ、やはり息子の学校は学費も高く、セレブ校で実際お金持ちが多い学校ですから、入学前は少し身構えていました。うちはお金持ちではないので、入試には受かったものの、きらびやかな学校だったら子供を行かせないことも考えていました。お金持ちの間で子供が肩身の狭い気持ちにされるのは避けたかったからです。しかしふたを開けてみれば、(少なくとも私が知る限りの)親はシンプルなライフスタイルを心かけており、うちのような普通の家の子でも特に気が引けることなく通っています。正直みんなお金持ちに見えず、よくよく話してみると実はすごいお金持ちだったなんてことはよくあります。とはいえ、多少の差はあれ、みなシンプルに生きるという価値観に共感している親が入学してくるので、重要と思うことだけにお金を使うスタイルを貫いているように見えます。

平和 (Piece)

これは言わずと知れた世界平和にことです。クエーカーは平和を追求するグループなので、紛争解決にあたり暴力に訴えることはよくないこととされています。そのため、前述したように、1947年にはノーベル平和賞も受賞しています。

学校では、歴史上や世界のピースメーカー、公民権運動のリーダーについて学んだり、社会変革のための運動について授業でとりあつかったりします。最近ではウクライナとロシアの話や黒人問題などがホットな話題でした。社会正義に関して学ぶときは、一方的な方向から学ぶのではなく、いま起きている問題の根本的原因について考察したり、話し合ったりしているようにみえます。

小さいスケールの紛争(友達同士の対立など)に対しても、校長、先生、カウンセラーが積極的に介入し、クラス内や学校内で問題が起きた場合や、いじめなど大なり小なり生徒同士の衝突があった場合には先生、カウンセラー、生徒と保護者が協力して解決するという姿勢が見られます。

たとえば、校庭で遊具の順番の取り合いをしたり、仲良い子供グループが一緒に行動する結果、ほかの子供が仲間外れになったような気持ちになったりすることは、子供ではよくありますよね。学校では先生が休み時間を見守り、何かあったらすぐに介入したり、クラス内では違うパートナーとのグループワークを意図的にさせるなど、細心の注意が払われています。その場合、双方からの視点を取り入れ、普通だったら被害者とされる子供に対しても、自らの意見をきちんと主張する責任を教えます。

例えば、うちの子は学校に入ったばかりのころは割と大人しめな性格だったため、滑り台の順番で他の子に抜かされたり、押しのけられたりというのは日常茶飯事でした。学校では先生がプレイグラウンドを見ているので、普通だったら順番を抜かした子に注意をするのが当たり前だと思いますが、実は指導(?)をされたのはうちの子のほうだったのです。「XXくん、順番を抜かされたり、押されたりしたときに相手にきちんと自分が次だということを伝えましたか?あと自分が押されて嫌だったということを伝えましたか?あなたには相手に教えてあげる責任があるのよ。自分がどう感じたか教えてあげないと、相手はわからないのよ」という感じです。そして子供が相手に言うのも見守り、相手の反応を見守ります。押しの弱い子も、自分のことをきちんと伝える責任があるんですね。その視点はあまりなかったので新鮮でした。その甲斐もあり、いまでは自分の思ったことを口に出せる子供になっています。

誠実、真摯 (Integrity)

インテグリティって日本語で表すのが難しいですね。日本語で言うと誠実さとか真摯な態度という感じの訳になりますが、単に正直であることとはちょっと違う感じです。どちらかというと自分に真摯に向き合って誠実であること、正しいと思うことに忠実になることという感じでしょうか。自分が正しいと思うことをきちんと意識して、何か間違いをおかしたとしたら、それをきちんと対応できること、なども含まれるかもしれません。たとえば、集団心理の中で、みんなが間違っていたことをしていた場合、赤信号、みんなで渡れば怖くない的な行動をとるのか、それとも(自分が赤信号で止まることを正しいと信じているのであれば、)自分は集団に流されない行動をとれるのかどうか、なども例に挙げられると思います。自分に対してだけでなく、相手に対しても誠実で真摯な態度をとることも重要なことです。

その場合常に自分に対して問いかけること、深堀すること、仲間と話すこと、など、クエーカーの基本的な方法が重要になってきます。

共同体 (Community)

これは学校の中のコミュニティと、学校外も含めた地域社会の両方の意味をもっています。まず学校の中のコミュニティ、小さいところで言うとクラス単位のコミュニティの中では、各人がクラスの中でどのように行動すればお互い心地いい時間が過ごせるかどうかを話し合います。これは、コミュニティの中で話し合いにより意見を出し合い、どんな意見もジャッジせずに耳を傾けること、合意による民主的な意思決定プロセスを理解すること、それを安全な環境の中で練習し、スキルとして身に着けることを目的としています。

また、少し大きなコミュニティとして、地域の共同体への参加があげられます。学校は地域のボランティア団体と提携して様々なボランティア活動に取り組んでおり、生徒たちは小さいうちからボランティアプログラムや市民活動に参加する機会があります。小さなうちから地域プログラムに参加して、自分たちはこのコミュニティの中に生きていること、社会構成する一員なのだという感覚を身につけ、学校コミュニティと外部コミュニティに対する責任感を醸成します。

うちの子供の学校では小さいうちから野菜を切るボランティアが毎週あったり、集めたグッズをホームレスシェルターに届けたりしており、楽しみながらも、その野菜や品物がどのように使われるのかなどのボランティア活動を身近に感じることができます。これにより、できる人ができることをして、共同体を盛り上げていくという基本的スタンスが学べます。野菜切りの日には、親が子供に野菜を持たせて、親もボランティアとして参加するなど、コミュニティ意識を盛り上げています。

平等 (Equality)

このトピックはクエーカー教育の中でも最近特に力を入れられているといっていいでしょう。残念ながら差別や多様性(ダイバーシティ)に関する問題は、いま世界中の国で大きな社会問題になっているからです。学校はあらゆる機会を通じて、多様性について学び、受け入れ、感謝する経験を提供しています。授業の中で、テキスト教材、本、講演、テーマ研究の選択を通じて、多様な宗教、文化、人種、民族、性別、能力、世界観に対する敬意と理解を教えることも一つ。また学校生活のあらゆる領域で多文化主義、違いの尊重、人間の多様性への感謝を強調すること、小さいときから、教室の中で発言力を養って、多様な視点での議論に参加させることなどが行われています。

例をあげると、子供の学校では、キンダーガーテン(日本で言うと年長さんの年)の時にアイデンティティに関する授業がありました。自分のアイデンティティを調べて、自分の中で何がしっくりくるかを見極め、発表するのです。うちの子の場合は両親の国の日本と、生まれた国のアメリカが重要なアイデンティティになるのですが、そのほかにも、男の子であること、アメリカに生きるアジア人であることもアイデンティティの一部です。ほかの子は、兄弟姉妹がいるとか、宗教のこととか(ユダヤ教だとか、カトリックだとかそういう感じ)、黒人だとか白人だとか、親が同性カップルであるとかなど含まれます。その中でお互いの違いを学び、理解し、感謝し、尊重する、といったようなエクササイズを行います。幸いなことに学校の方針により、生徒の入学基準にも多様化が重要な視点として取り入れられており、クラス内でもいろいろなルーツの子がいて、どんなアイデンティティの子でもクラス・学校の一員として尊重されているのが実感できているようです。

学校内ではダイバーシティを担当する部署があり、有志の親によりで黒人学生グループ、アジア系の生徒の親のグループ、中南米系の親のグループ、また、同性カップルの親のグループなど、マイノリティのグループが構成されていて、社会的な事件があったときに働きかけて、それぞれのマイノリティグループに関する理解を深めることを授業に盛り込んでもらうことも行います。

私もアジアンヘイト問題があった時に、アジア人の親としてミーティングに参加し、学校に何を働きかければいいのかを話し合いました。私は日本から来た日本人なのでアメリカのアジア人の置かれている状態をよく知らず、知っていくうえで、黒人問題とはまた違ったアメリカにおけるアジア人問題の根深さにくらくらしました。その時は学校側が授業でアジア人の社会運動リーダーを取り上げてくれたりして、子供にとっては問題に対する理解を深める機会になったと思います。学校の推薦本のリストにも、様々なカルチャーの本をがのっています。

こういった面では親の参画も欠かせません。授業だけではなく、親がブースを出すカルチャーフェアのようなもの、また学校全体でインドのディワリやアジア諸国の旧正月についてのイベントがあったり、メキシコ系の死者の日(Día De Muertos)のイベントがあったり、楽しいイベントの通じて多様なカルチャーを祝うことにより、小さいころから多様な文化があることを理解するのです。

地球環境に対する管理 (Stewardship)

これは自分が引き受けた環境を守っていく責任がついて意識するもので、学校でではごみ問題とか、エネルギー問題などに特に力を入れています。校庭にはコンポストの器具があり、小さいときからごみがどのように肥料になるかを観察したり、その肥料を校庭で育てている野菜にあげたりしていました。学校の遊具も自然と調和するような木製のものが置かれています。リサイクルについても力を入れている印象で、プラスチックのバッグなどはあまり使わないように、何度も使える布製のものを使ってくださいね、というお達しが来ます。

もちろん、消費主義のアメリカの中で暮らしていますから、実際にはいろいろとリソ-スの無駄もありますが、ちいさいうちから自分ができる範囲でのことをクラス内で実行していく、環境問題に対する理解を共有していくというだけでも、大きな違いがあるんだろうなと思います。

クエーカーのValuesはクエーカー教育において欠かせないものですが、その価値観をどのように教育により浸透させていくかも重要です。このエントリーの中でもいくつか例をあげていますが、次のエントリーではValuesを浸透させる方法について記述していきたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?