書評:『口に出せない習慣、奇妙な行為』より「バルーン」(ドナルド・バーセルミ、サンリオSF文庫)

1978年から1987年にかけて刊行されていた、今はなきSF系の文庫。それがサンリオSF文庫だ。サンリオとは、キティちゃんとかピューロランドとかの、あのサンリオである。刊行から40年近く経った今でも名作の誉れ高い作品と、質の低い訳文でとても読めたものでない作品、そしてなぜ“SF文庫”に収録されているのか分からない作品まで、玉石混交のその雑多さが多くのSFファンを魅了してきた。かくいうわたしもまた、サンリオSF文庫の奇妙な魅力にあてられたものの一人だ。

今回扱うのは、なぜSF文庫に収録されているのかわからないものに類別される一冊、ドナルド・バーセルミの『口に出せない習慣、奇妙な行為』。この本から「バルーン」の書評を行う。この作品がSFであるとは断言できない。だが、わたしのこころを惹きつけたのは確かなこと。

「バルーン」

ニューヨーク、マンハッタンの上空に突如現れた巨大なバルーン。次第に大きくなっていくバルーンを見上げながら、人はバルーンについてあることないことさまざまに言い交わす。

この気球に都会の色々なものを重ねてみてもいいだろう。マンハッタンの碁盤の目の都市と、上空に浮かぶ丸いバルーン。摩天楼の削り取る空と、自由な空に浮かぶバルーン。だが、バルーンはただそこにあるのであって、ほかに意味をもたない。登場人物たちもバルーンを様々なものの象徴としてみるのだが、バルーンはただそこに丸くあるだけだ。

出会ったことのない事物に出会ってしまったとき、わたしたちはその事物に物語を見出す。説明のための、物語であるわたしたちが理解するための物語を。その過程をそのまま切り出してきたのがこの作品。物語が物語を見出す過程の物語。

さらに短く、輪郭を際立たせることができた物語のはずだ。惜しい。(了)


書誌情報
『口に出せない習慣、奇妙な行為』
サンリオ、サンリオSF文庫、1979
ドナルド・バーセルミ/山崎勉、邦高忠二 訳
あるいは
『年刊SF傑作選 7』
東京創元社、創元SF文庫、1975
大谷圭二(浅倉久志)訳

(壁石九龍) 

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