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掌編小説『師走のふたり』

警備員に労われてビルを後にすると、空はもうすっかり黒く塗りつぶされていた。星座に疎い俺でもわかるオリオン座の三ツ星が大きく浮かんでいて、もうそんな季節なのだと改めて感じさせる。
「おー、結構星が出てますね」
「何それ、口説き文句?」
「東京でも見れるんだなって思っただけですよ」
「冬は空気が澄んでるからね」
くすっと笑う先輩に、俺はため息を吐きたくなったのを我慢する。
年の瀬も近づいた東京の街。残業後の、葦の様な俺たちにはあまりにも眩しすぎて、思わず目を擦った。ブルーライトにイルミネーションに、目と心に負担がかかる日々だ。妙な焦燥に心が揺らぐ。
自分たちと同じくらいの年齢の男女が、お互いの腰に手をまわしては磁石のようにくっついて俺たちの視界をふさぐ。
「ああいうカップルはさ、星空の下で『ずっと一緒にいようね』とか言っちゃうんだろうね」
「そういうのが好きなんですか」
「んー、『あたたかい部屋で鍋つつこう』って言われた方が惹かれるかも」
「ああ、確かに」
妙な間があって、先輩が呟いた。
「君は鍋、つつきたい?」
「鍋よりおでん派なんですが、どうですか」
「手間がかかるやつ」
体温を分かち合うように、俺の手に冷たい指先が絡んだ。

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