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掌編小説 鏡

友人が失踪した。ある日、彼の母が私に電話をかけてきて、そう告げたのだ。何か手がかりになることはないかと聞かれたが、私は何もないと答えた。

「大丈夫ですよ。すぐに帰ってくるでしょう。人間四十年近く生きてりゃそういうこともありますよ」

「そうかしらねえ」

ええ、そうですよと言って私は電話を切った。切った後、何を馬鹿なことをと自分で思った。四十年近く生きてりゃだって? まさか。普通に生きてる人は何十年生きてたって失踪なんかするものか。

いなくなった彼は、私にとって唯一の友人だった。

私も学生時代にはそれなりに社交をした。しかし、大学を卒業してからは次第に誰とも連絡を取らないようになった。それは誰のせいでもない、私自身の責任だ。

私は思う。もしも私が普通の勤め人であったなら、彼らと今も何らかのつながりを保っていたかもしれない。だが、物書きなどという浮世離れした職業を選んだ私は、次第に学生時代の友人たちと興味や人生観、生活スタイルが合わなくなったのだ。人は自分と似たような人間と付き合う。そういうものだ。

そんな中、私が唯一連絡を取り合っていたのが、そのいなくなった友人だった。それは、彼もまた、私と同じように物書きになる道を選んだからだ。私たちは友人として、また同志として、大学を卒業してからも頻繁に会い、酒を飲みながらくだらない話をしたものだった。

彼は一体、どこへ行ってしまったのか。

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