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父を送る(11) 病院からの電話

叔母には病院に電話してみる、と言ったものの結局電話はしなかった。叔母が入院費を支払い、私が荷物を取りに行った日に病院から電話が来て、必要があればまた連絡しますと言っていたのだからもういいや、待とうと思っていた。
翌週も、その次の週も、週末になるたび父親から電話が来て病室に置いておく必要がないものを引き取りに来てくれだの、靴下が足りないから届けてくれだのと何かにつけて細かい用事を作られ、片道およそ二時間の病院通いを続けた。
何を言っているかぜんぜん聞き取れなかった電話越しの父親の声は、日を追うごとに明瞭になっていった。その様子に安堵した反面、こちらの都合にお構いなしで悉く週末の時間を潰しに来る父親への苛立ちも募った。毎回、父親が電話の最後に嗄れた声で必ず言う「悪いねぇ」という言葉が私の心をざらざらとなぞって毳立たせた。

月が変わって少し経った頃、仕事の合間に阿部さんから電話をもらった。まだ退院のめどが立たないこととリハビリの効果がほとんどあらわれず、何も食べられないため栄養が取れないこと、そのため静脈に点滴のポートを埋め込む手術を検討していることを教えられた。これまで主治医の先生とお父さんの病状について直接お話されたことなかったですよね?と聞かれる。はい、無いですと答える私に阿部さんが分かりました、電話で話をしてもらえるように調整しますねと言ってくれた。すみません、お願いしますと言って電話を切り、仕事に戻った。
仕事帰り、ロッカーにしまってあった電話を見ると父親の入院している病院からの着信が残っていた。主治医の先生からだったかもしれないと思い、病院はとっくに閉まっている時間だったがとりあえず電話してみた。総合受付の人が出てくれたがやはり主治医は帰った後だった。また明日かけ直します、と言って電話を切った。

翌日。再度仕事の合間を縫って病院に電話してみる。総合受付の方に父親が入院していることと前日電話があったことを説明した。記録を確認した総合受付の方から、父親の担当医が二人いると教えられたが、初耳だしどちらから電話をもらったのか分からないと答えると五分保留にした後で片方の先生は電話していないそうなので、もう一人の先生の病棟におつなぎしますね、と言って病棟の受付の方に代わった。病棟の受付の方に再度入院している父親の名前と前日電話があったことを話す。また五分くらい保留にされた後、今先生は診察中で出られないので折り返しますね。それでですね、折り返し電話があったら必ず、はやめに、電話に出てほしいんですよ、と言われたところで限界が来た。だれもかれもが好き勝手なに自分の都合だけ言う。なんの説明もないまま。何も分からない私におかまいなしで。
いや、私も仕事の合間に電話してるんで。仕事場に電話を持ち込むことも禁止されてるんで無理です。今、このまま待ってちゃだめなんですか。と返した。受付の方は私に断られるとは思っていなかったらしい。え、あ、そうですか、と戸惑いつつ、少々お待ち下さいと言ってまた保留音が流れた。今度の保留は長かった。十分くらいしてようやく戻ってきた受付の方が、そうしましたら十五時以降にお電話いただけますか。十五時以降だったら繋がるようにしておきますので、と言ってくれた。分かりました、ありがとうございますとお礼を言って電話を切った。少しだけ気が済んだ。




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文学フリマ

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