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書籍『珈琲屋』

※実際の書籍カバーはもっと「黄色」い「黄土色」です



レビュー

 もし自分が10代後半の頃に本書を読むことが出来ていたなら、その後の人生において今よりも10年は早く、現在持ちうる思考の基礎を築けたかもしれない。
 と、そう感じる程、物事を学ぶ上での基礎的な手順の記されている書籍でした。
 
 内容は主に、東京・表参道の『大坊珈琲店』(現在はビルの老朽化により閉店)の大坊勝次さんと、福岡・赤坂の『珈琲美美(びみ)』の森光宗男さん(2016年12月に急逝。享年69歳)という、共に自家焙煎とハンドネルドリップによる深煎り珈琲に半生を賭けた、同い年で盟友のふたり(とその奥様お2人の計4人)の対談となっております。
 で、その内容が無類に面白いのです。
 森光宗男さん(以下:「Mさん」)のお話が、個人的な趣味や考え方等の共通点が余りにも多く(と言っても年齢は数十年離れているのですけれども)、珈琲の知識に関すること以外は、ほぼ理解出来ました。

 ただ、私は普段珈琲を飲みませんし、飲みたいと思うこともほぼ無いような人間です。美味しいと感じる珈琲に、まだ出会えていないのです。
 それなら何故本書を手に取ったのかというと、たまたま書店にて目的の本を探しているときに、本書の装幀の色が目に入り、なんとなく・・・という経緯・・・
 で、タイトルを見ると『珈琲屋』・・・。不思議な本だなぁ・・・と。
 一体何故このカバーの色なのか・・・と思いながら本を開いて、まず「見返し」の色と「しおり」の色を確認。その後に「目次」を読もうと「扉」を開くといきなりガラスのグラスに輝く珈琲のカラー写真が目に飛び込んできて・・・、その色彩に魅了されました。
 さらにページをめくり写真を見てゆくと、『珈琲美美(びみ)』の店内写真のひとつに熊谷守一の絶筆『アゲ羽蝶(1976)』が飾られており、最近自分のnotoに熊谷守一についての記事を書いたばかりであったため「これは縁がありそう・・・」となりました。
 写真を見てゆく過程にて「見返し」の色は、珈琲の「生豆」の色や、熊谷守一の絶筆『アゲ羽蝶』のベースカラーを参考に選んだのかな・・・、「しおり」の色は珈琲と器の接点の部分の色・・・?、などと妄想しつつ、11頁の写真に関する説明文を読んだ後に(他の文は飛ばしました)、ようやく目的の「目次」へたどり着き、107頁の「道具のこと」へ。

 するとそこには両珈琲店にて使用されている道具達が写真付きで紹介されていたのですけれども、やはり『珈琲美美(びみ)』の物がどれも好きで、中には柳宗理のケトルがあり(自身も柳宗理の調理器具を愛用しているため)一目でわかったのですけれども、「あぁ・・・そういうものか・・・」と思いました(紹介されている道具の中でも「砂糖入れ」と「お盆」は特に絶品)。
 この時点で「『珈琲美美(びみ)』の珈琲は絶対好きな味に違いない」という確信を持ちました。
 そして119頁~の「対談3」をちょっと覗いたら、もう読むのを止められなくなってしまい・・・

 Mさんは、珈琲制作過程の数値化可能な部分や言語化可能な部分を、他の芸術分野(音楽、絵画、文章、等)の知識や科学的な研究結果等を巧く絡めながら上手に他人に説明することの出来る、稀有な哲学者タイプの方で、さらにはきちんと珈琲の実が栽培されている現地まで赴き、各栽培地の土や気象条件を始めとする実体験から得た情報(生きた情報)をも収集した上で、それらの情報も的確に纏め、分かり易く伝えてくれます。
 そのように伝えていただけると、私のようにほぼ珈琲を飲まないような人間にも、自家焙煎とハンドネルドリップによる深煎り珈琲に関する大まかな全体像や珈琲を巡る現在の状況がある程度把握出来るようになり、珈琲に関する世界を、楽しみながら知ることが出来るようになるわけです。

 またMさんが本書にて語ってらっしゃる内容は、「学ぶ」「知る」「考える」「纏める(自分の道を究めてゆく)」という過程に必須の要素であるように思います。
 その方法をざっくりと説明するならMさんは「珈琲という点を起点に、その点がどこまでも中心となるよう、(全方位に向けて)円の枠を拡大していった」ということになるのではないかと思います。
 別の言い方をすると、「美味しい珈琲を入れるためには、焙煎やドリップばかりを研究していてもダメ」ということになります。

 あと本書の引用させていただきたい箇所は余りにも多いため、頁数のみを記します。
・38~47 ・50~54 ・62~63 ・84~91 ・94~97 ・114~117 ・124~164
・170~174
 ※ちなみに冒頭に記した「表紙の色」の件は、本書を読んでいる途中に解りました。

 最後に。
 45頁にて、Mさんがお店を禁煙になさったことについて語ってらっしゃるのですが、その中でサラッと「お客さんはね、半分に減りましたよ」とおっしゃっているのですけれども、あらゆる意味で「凄い」と思いました。
 そして、珈琲とお客様を、心から大切にしてらした方だったんだなぁ、と。
 
 人の温もりを感じる、素敵な一冊でした。


新潮社公式HP


手の間文庫さん 『モカに始まり』についての「noto」記事(購入出来るサイトへのリンク有り)

 本書がとても面白かったため、Mさんのご著書『モカに始まり』も、いつか読みたいなぁ。



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