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智慧ある者


汝… この声を聴け! と、その者は言った・・・

それは声ではなく、内側から反響してくる振動体感だった・・・全身が鼓膜であるかのように身は震え、すべての体毛があらゆる束縛から解放されたように、世界へと開かれていった・・・

それは旅の途上での審問でもあるかのように響いてくる・・・魂の旅路において、私は何者なのだろうか...答えるすべのないこの問いはしかし、私のなかで反響し、レーザービームのように収斂して私の身を焦がしてゆく・・・

それはあたかも彫刻してゆくように私の意識を穿ちながら、声なき言葉だけが私のなかに眠る古代遺跡を発掘してゆく何者かの手として立ち現れて来る・・・

谷をわたり森を抜け、岩山から空を往く風のように・・・空を発ち山を削り河となって海へと還る水のように汝を穿つ声を聴け… とその者は言う・・・怒涛の如くに言葉が穿つ振動だけが私を支配しているかのように響いてくる・・・

ときに砂浜を洗う波のように… ときに岩礁に打ちつける荒波のように繰り返す言葉は、何者かの息吹きとして命の槌音のように伝わってくる・・・
意識すらも凌駕する声の振動は、新たな旅へと促す魂の声と呼ぶべきものなのかもしれない・・・

大地の声と自身の深奥の絃との共振が身体のなかで焦点を結び、意識の表層を削ぎ落してゆくような体感のなかで、私の意識はこれまでに築いてきた鎧を剥ぎ取られてゆく不安に慄き震えていた・・・

しかしそれは、本当の自分に出会うために避けては通れないもの… と、どこかで感じてもいた・・・審問のように思えたそれは、旅の途上でのマイルストーンとしての顔を持ち、声なき師の言葉として私の前に立ち現れている・・・

意識に染み付いた毒素を取り除く苦い薬のようにも思えるそれは、精錬にも似て魂の輝きを呼び覚まし、本当の自分を思い出してゆくように新たな道へと誘ってゆく・・・それが何処へ続く道なのか… 知るすべなどない・・・

遺跡が大地のなかからその片鱗を現わすように、問いによって炙り出されたおぼろげな気配の痕跡に、魂のコンパスが反応してゆくことだけが唯一のリアリティーとして息づいている・・・

善良な顔を装って近づいて来る者が必ずしも善人ではないように、見慣れぬ者の言葉が恐れを懐かせるものであっても、その言葉が深奥の絃を感応させるものであるなら、この道は紛れもなく私の辿るべき道なのだろう・・・

意識のひかりでは辿れぬ道の其処ここに、予め言葉の種は蒔かれているのかもしれない・・・誰かの意図でもあるかのように・・・




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