「善き意図」と<善き意図>

「善き意図」は、必ずしも良き帰結を保証するわけではない。それどころか、意図が良きものであるがゆえに望ましくない帰結をもたらすようなダイナミクスもまた、存在する。意図が善きものであるか否かに関わらず、良き帰結、少なくとも、“最悪ではない”帰結をもたらすような「システムの設計」が必要とされる所以である。

それでは、そのようなシステムの設計を誰が行うのか。設計者は、システムを設計する能力はもちろんのこ

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何でも自分で創り出せる

こんにちはヒカルです

8月に入って同じ誕生日の人に二人も会いました
共通点見つけると親近感湧きますね!

今回は人の創造力について

みなさん望んでることってありますか?

人って本来何でもできると思うんですよ

子供って、好きなこと言って好きなことしてるじゃないですか

あの感じが人間の本質的な部分で大人になっても本当はまだ消えてないと思うんですよね

じゃあなんで大人になるとそれができなく

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閑話休題:写真が楽しい理由の一つは、目ほど万能じゃないから見える景色

カメラはハイテクの塊であるとしても、人間の目ほど万能ではないのが現状だと思います。思いつくだけでも、

瞬時にフォーカスを合わせる。

意識しているところはハッキリと見えるが、他については意識を邪魔しない程度にしか見えていない。

明るいところや暗いところでもある程度は自動で順応する

動体も追尾することができる

しかもブレに関しても自動で補正処理がなされる(だからいくら体を動かしても、自分酔い

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日記帳にミミズが踊る

日記を書いています。毎日書くのが理想ですが、2〜3日分、溜め込んでしまうことがあります。それでも、なんとか1年半くらい続いています。

眠くて眠くてしょうがないけれど、まだ書けていないから終わりにしないで机に向かい続けたとき、日記帳にミミズが踊ります。書こうという意思を伴わずにペン先が紙のページの上を滑り、浮き上がり、また滑り、触れたり離れたりして、めでたくミミズたちがこの世に生を受けるのです

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よく切れるいと

縁切寺っていうのがあったり、縁切りに効くっていう待ち受けがあったり、縁というものを大事にしながら、一方では上手に断ち切っては、また掴み、を繰り返しているんだなあと思う。

昔、それこそ携帯なんてない時代は、毎日顔を合わせることがなくなる、同じ場所にいなくなる=縁の切り時だったんだと思う。

携帯だって今のように既読が付くようなアプリはなかったから、私のガラケーはしょっちゅう壊れてた。意図的に。

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意図せず人を傷つける文章を書きたくないけど、書いてるときもあるんだろうなって思う話。

「そんなつもりはなかったのに」と言葉でのやりとりで、意図せず相手を傷つけてしまうことってありますよね。

noteで文章を書くようになって、はじめのころに気を使ったのがこの「意図せず人を傷つける文章」をうっかり書いてしまわないかということです。見えない誰かに気を使っていたように思います。

ここでの発信は自由です。

もちろん誹謗中傷をするような激しい文章を書く人はあまりいないと思うけど、自分の書

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びっくりしたぁ

本当に嬉しいときは
声なんて出ないのに。
 
本当に悲しいときは
涙なんて出ないのに。
 
本当に怒っているときは
怒りなんて感情がぶっ飛ぶのに。
 
本当にびっくりしたときは
「びっくりしたぁ」って言ってしまう。
 
 
感情なんてのは自分で制御もできるけど、
基本的には何らかの刺激によって生まれるもの。
 
その刺激に対するリアクションが感情で、
基本的には脳で理解する前に
反射的に生まれてく

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気づきは「与える」ものじゃない。「起きる」ものだ。

人は、薬で眠らせることはできるけど
眠った人を起こすことはできないそうだ
どんなに薬や刺激を与えることはできても
その人が目を覚ますかどうか?は
どんな名医でもコントロールできない

麻酔は、経験上、目が覚めるはず。
という前提で用いられていて
目覚める保証なんて、実はないらしい。

誰かの目を覚まさせたい。
気づきを起こさせたい。与えたい。

そんな想いは充分すぎるほどわかるし
私もたびたび、そ

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抽象的

抽象を表現するにあたって

僕自身が抽象に溺れてしまっている気がする

迷いこむことすら

表現としても

意図しようとも、せずとも

浮遊する片脚の小指は

水をかけずピクピクしている