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幡野広志インタビュー「伝えるために、書き続ける」後編

あの人に聞いてみたい、「書く」ことの話。今回お迎えするのは、2017年末にがんであることを公表された写真家の幡野広志さん。幡野さんが感じた写真と文章の共通点や、ご自身のがんにまつわる体験を書くことへの想いについて伺いました。
※この記事は、2018年11月6日にstoneのWebサイトで公開されたものです。内容・プロフィールは取材当時のものです。

Photographs by Riko Okaniwa
Text by Mari Takahisa

幡野広志
1983年、東京生まれ。2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年、独立し結婚する。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。2016年に長男が誕生。
2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。著書『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)。2018年11月2日(金)〜11月15日(木)ソニーイメージングギャラリー銀座にて幡野広志写真展「優しい写真」が開催。
幡野広志写真展「優しい写真」
Twitter@hatanohiroshi
note@hatanohiroshi

前編はこちら


応援してくれる人、攻撃してくる人

noteには「サポート機能」というものがあって、ユーザーがクリエイターの投稿した記事に対してお金を払って応援できるんです。僕は無料でnoteを公開しているんですが、中にはこの機能を使ってくださる方もいます。金額はそれぞれのユーザーが自由に決められるので、100円の方もいれば1万円の方もいるんですが、たくさんの方々が応援のコメントと一緒にサポートをしてくれて。これには驚きつつも、考えさせられますね。

こういうポジティブな反応がある一方で、Twitterで攻撃的な返信をしてくる人もいます。そういうときでも、丁寧な返信を心がけています。第三者も見ているものだし、なるべく誠実に接したいんですよね。ただ、場合によっては即ブロックしてしまうこともありますよ(笑)。あと、SNSで書いたことって何年も残りますよね。僕には今2歳の子どもがいるんですが、たとえば10年後、12歳になったときに僕のTwitterを見て、自分の父親が他人を口汚く罵ってたら嫌でしょう。逆に、僕を攻撃してくる人に対しても「もしこの人に子どもがいるとしたら、今はその子どもには見せられない姿を出してるんだな」と思うと、何も感じなくなる。でも、ときどきすごくムカつくこともあります。そういうときにどうすればいいか、同じような経験をしている人に相談したら、「投稿はしないけれど、1回文章にする」と言われました。実際にやってみたんですが、確かに文章にするだけで気持ちがぐっと楽になりました。

がんになって、いろんな方から意見を言われることが増えました。本当はひとつひとつに返信したいんですが、量が多すぎて対応できない。だから「そういうことではないんです、これこれこういう理由があるんです、だからこう思うんです」という反論に近いものを、誰にも見せずに同じテキストデータに上書き保存しています。自分ではこれを「デスノート」と呼んでます(笑)。

機能がないからこそ、使いやすい

stoneを使い始めたのは、昨年の12月頃です。11月にがんが見つかって、12月に入院したんですが、そのときに、「これからは仕事で撮影をする機会が減るだろうな」と思ったので、文章の方にシフトしていこうと思って、ライティングソフトを探していたんです。stoneを知ったとき、最初は「3000円もするのか」と思いました(笑)。でも、「NDC(日本デザインセンター)が作ったテキストエディタだし、きっといいものだろう」と思って買いました。実際に使ってみたら、やっぱりよかったですし。

とにかくシンプルなところがいいですね。以前は他のテキストエディタを使っていたんですが、機能がたくさんありすぎて、手に余ってしまって。僕も含めて、写真ばっかりやってる人たちって、Photoshopや現像ソフトは使えるんですけど、普段あまり使わないツールだと途端に役立たずになるんです(笑)。でも、stoneはほとんど機能がないし、説明がいらないぐらい簡単じゃないですか。だから楽なんですよ。もし複雑な設定が必要だったら、多分使ってなかったと思います。

最近はメールの返信ですらstoneに下書きしてコピペしています。TwitterやFacebookの下書きにも使ってますね。Facebookは、だいたい1回につき200〜400文字で投稿するんですが、stoneは文字数がずっと表示されているので数えるときに便利なんですよ。メールの返信なんかは直接書いた方が楽かもしれないんですが、たとえばiPhoneのフリック入力に慣れると、ガラケーに戻れなくなるじゃないですか。感覚としてはそれに近くて、何でもstoneに統一しちゃってます。最近はなかなかまとまって原稿を書く時間がないので、なんだかんだ移動時間にも作業することが多くなっています。差し迫ったときは電車の中で書いたりもするので、stoneのiOS 版アプリが出たらうれしいですね。

「知ってほしい」という気持ちが原動力

僕は昔から「死ぬってなんだろう」ってよく考えていました。だから、自分ががんになって死ぬかもしれない状況になっても、さほど動じなくてすみました。「まあそうか」って。そういえば、この間ある有名なお医者さんと食事をしたときに、「人間の死生観は3歳ぐらいまでに育つ」という話を聞きました。「三つ子の魂百まで」って言いますけど、幼少期の経験である程度決まってしまうらしいんです。で、そのお医者さんに「3歳ぐらいまでに何か死に関する経験をしましたか」と聞かれて。ふと記憶を巡らせたら、御巣鷹山の航空機墜落事故のことを思い出しました。当時テレビでブルーバックに白い文字で犠牲者の方の名前がひたすら流れていたんですが、その記憶がすごく残っていたんです。死にまつわることに興味を持ち始めたのは、それがきっかけかもしれないですね。

以前狩猟をやっていたときに、その様子を写真に撮って、文章を書いていました。それは「狩猟を体験して人に教えてあげたい」「狩猟のことを誤解している人に知ってほしい」と思っていたからです。そのときと同じように、今度は「がんになったらどうなるか」ということを教えたいんです。たとえば、今緊急地震速報が鳴ってすごく揺れたら、全員この本棚から離れて、テーブルの下に入りますよね。なぜなら、震災を経験した人の話を聞いたり、子どものときから対処法を教えられたりしているからです。その一方で、がんになることや、がんで死ぬことについてはみんな考えていない。日本人の2人に1人はがんになると言われています。自分ががんにならなかったとしても、看病する側になるかもしれない。がんと関わらない人はほとんどいないから、少しでも多くの人に知ってもらいたいんです。正直、文章を書くのはたいへんな作業です。書いているときは逃げたい気持ちに駆られることもあります。でも、今僕がしている体験を知ってもらえるように、頑張って書くことを続けています。

stone 公式Webサイトでは、幡野広志さんのブックセレクションを公開中。
こちらもぜひご覧ください。

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