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短編小説 「映画の時間」


南船橋の映画館でチケットを買っていると、隣で二十代くらいのカップルがどの映画を観るか話していた。生瀬勝久似の男は「トランスフォーマー」を観ようと言っていた。いいチョイスだ。僕もその映画をこれから観る。しかし、森三中の黒沢かずこ似の女が「そんなの面白くない」と言って、ベタベタな展開が予想できる男性アイドル主演の恋愛映画を観ようと言った。

恋愛映画を観てほしい。この二人が「トランスフォーマー」を観るとなればきっとうるさくなるはずだ。

男は女にスマホ見せていた。男は映画のPVを見せて必死に映画の説明をしていた。必死になるのもの当然だ。彼女にアイドル主演の恋愛映画を観ようと言われれば僕も必死になる。酷くつまらなく、おまけに彼女がアイドルを観て「カッコいい」なんて言われればメンタルはズタボロだ。

「わかった」と女が折れた。男は安堵の表情を浮かべて席を購入した。

何時の回を買ったか知らないが、どうか隣にだけは来ないでくれと祈った。さて、映画の時間まで一時間ある。昼食を済ませるためにフードコートで味噌ラーメンを食べていた。フードコートはいつ来てもうるさい。食器が重なり合う音や呼び出しベル音、すべての音が混ざった音。それがフードコートだ。

味噌ラーメンをすすりながら、僕は映画のことを考えていた。トランスフォーマー、確かに面白そうだ。巨大なロボットが変形して戦うなんて、子供の頃の夢が詰まっている。

ラーメンを食べ終え、フードコートを後にする。映画館へ戻ると、いつの間にかロビーは人で溢れていた。

僕はチケットを見せて映画館の中へ。席に着くと、すぐに暗闇が訪れ、スクリーンに映像が映し出される。映画の世界にどっぷりと浸かりながら、僕はふと隣の席を見た。そこには、あのカップルがいた。まさかとは思ったけど、祈りもむなしく、彼らは僕の隣に座っていた。

映画が始まると、生瀬勝久似の男は夢中になって画面を見つめている。森三中の黒沢かずこ似の女も、当初の反対を忘れたかのように、画面に釘付けになっていた。

映画の中で巨大ロボットが街を破壊しながら戦うシーンが続くと、あの女も思わず「すごい!」と声を上げた。そんな彼女の反応を見て、男は嬉しそうに微笑んでいた。

映画が終わり、僕たちは一緒に席を立った。カップルはお互いを見つめ合い、満足そうに笑っている。

僕は、あの二人が映画を楽しんでくれたことに、なぜだか少しだけ「よかった」と思った。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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