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短編小説 「はるか彼方の銀河系」



星名高校の午前中最後の授業が終わると、二年C組の教室は日曜日のショッピングモールのように賑わっていた。窓際に座るセイナはデススターのリュックからミレニアムファルコン柄の風呂敷に包まれたお弁当を取り出した。

風呂敷をそっと開くと、C-3POの形をした弁当箱とライトセーバーの箸入れが現れた。彼女は高校で一、二を争うほど「スターウォーズ」オタクとして名を馳せていた。しかしそれは「エピソードⅣ/新たなる希望」のみで、残りのエピソードは、その他のSF映画として観るものだった。

彼女がお弁当を広げているその時、同じくスターウォーズが大好きであることは同じでも、シリーズ全体を愛するルイが、ジャー・ジャー・ビンクス柄の風呂敷を机に広げた。ルイはエピソードⅠからのジャー・ジャーに情熱を注いでおり、これがセイナとの間に小さな亀裂を生んでいた。

「ジャー・ジャーかよ。あれは、Ⅰはスターウォーズじゃない」セイナが口を挟んだ時、ルイはわずかに眉をひそめ舌を細長く出した。

「足かせジャー・ジャーが好きなんて変わり者ね。あなたが好きなのはスターウォーズじゃなくて、ジャー・ジャーウォーズね」セイナは嫌味ったらしくカン高いダミ声で言った。さながらジャー・ジャービンクスを真似た行為だった。

「ジャー・ジャーも悪くないよ。いい加減にエピソードⅠ以降も受け入れたらどうだい?」ルイは冷静に対応した。

「絶対に無理。『Ⅳ/新たなる希望』こそがスターウォーズの真髄だから。それ以外は、何かが違うの」とセイナは頑なに言い張った。「ただ、百歩譲って、ⅤとⅥはスターウォーズとして認めてもいい」その言葉にルイは少し苦笑した。

「でも、老人太りしたルークは見たんだろ?」ルイが問うと、セイナは黙ってしまった。

「土曜日、一緒にスターウォーズマラソンはどう?ローグ・ワン、ハン・ソロを加えて、全二十五時間。それで君の意見が変わらなければ、それでいい」とルイが提案した。

この提案にセイナはお弁当のミニトマトをライトセーバーの箸で突き刺した。「いいわ、受けて立つ」と彼女は言い、ミニトマトをルイのお弁当に放り込んだ。

「May the Force be with you」ルイはネイティブな英語でセイナの後ろ姿に言った。


二日後、セイナはルイの自宅キッチンに立って映画を観る準備をはじめていた。スーパーの袋からポップコーンの種二袋と二リットルのコカコーラとゼロコーラを取り出し調理台の上に置いた。二階から降りてきたルイは右手にBB-8柄のプラスチックコップ、左手にR2-D2柄のプラスチックコップを手にしていた。

「どっち使う?」ルイは左手をセイナに差し出すように伸ばした。それはルイなりの嫌味だった。

「BB-8」セイナは舌打ちして答えた。その答えを聞いたルイはニコニコしながら、流しでコップを洗いはじめた。

セイナはコンロ下の引き出しから真新しい紺色のティファールの鍋を取り出し、油を垂らした。火をつけようとコンロのボタンを押そうとした時、ルイが止めた。

「なに?」とセイナはボタンから指を離した。

「その鍋は使わないで、奥にある鍋を使って」とルイは右手を伸ばした。セイナは不満そうに鍋をルイの右手に置いた。あらためて引き出しの奥からさっきと同じ紺色の鍋取り出した。しかし、その鍋はキズだらけでところどころ塗装が剥げていた。鍋底もキズだらけでうっすら銀色の線が見えていた。

「ママがうるさいんだ『新しい鍋をポップコーンなんかに使うな。使うならコーティングが剥げたのを使って』ってさ」ルイは鍋を洗いながら言った。

「コーティングね」とセイナは言い、自分が自宅で真新しいピカピカの鍋でポップコーンを作っていたことを気まずそうに思い出しながら、鍋にもう一度油を垂らした。そして、気を取り直して火をつけた。

洗いを終えたルイは冷蔵庫からバターとマーガリンを取り出し、一対一の割合で皿に盛ってラップをかけ、電子レンジで加熱しはじめた。

「これもママがうるさいんだ『バターは高いんだからマーガリンを使ってかさ増しして』ってさ」ルイはバターとマーガリンを冷蔵庫に戻した。

「そう」とまたしてもセイナはバターのみを大量に溶かして使っていたことを思い出していた。セイナは鍋が温まったのを確認してからポップコーンの種大さじ一杯を入れ蓋をした。時々鍋を振って弾けるのを待った。

一分後、ルイは電子レンジで加熱したバターとマーガリンを取り出してかき混ぜた。少し過ぎてポップコーンの弾ける音が一回聞こえた。そして、次々弾けはじめ、音はキッチンに家中に響いていた。

だんだんと静かになって火を止めたセイナは蓋を開けた。

開くとポンと弾けて、ひと粒ポップコーンが鍋のそばに飛び出した。セイナはそれをつまんで口に運んだ。「美味しい」とセイナは言って、塩を振りかけて蓋をして鍋を大きく素早く振った。ポップコーンを映画館の売店ポップコーンの紙製容器に移して、そこに溶かしたバターマーガリンを回しかけた。

ようやく準備が整った二人は飲み物とポップコーンを持ってリビングに移った。

ソファーに腰を下ろした二人はテレビをつけ「スターウォーズエピソードⅣ/新たなる希望」のBlu-rayを再生した。

「伝説のはじまり」とセイナはポップコーンをつまんで、つぶやいた。

「Ⅳが終わったら帰ってもいいよ」とルイもポップコーンをつまみ、つぶやいた。


「I hate you!」とセイナは放った。





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