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短編小説 「海と麦わら帽子」


眼下には見晴らすかぎり青色の太平洋。遥か崖下からザバァーンと体に響く波音が聞こえる。

崖には、今日誕生日をむかえ十三歳になる、ミキが立っていた。ミキは崖下の岩に引っかかった白いリボンがついた麦わら帽子を眺めていた。「お気に入りだったのに」とつぶやいた。春風が吹き、ブラウンカラーのロングヘアーがさらさらとなびかせる。右足を海に向けてあげて、両手を広げバランスを取りながら楽しんでいる。

「落ちたらお母さん怒るだろうな」体はグラグラと風であおられ、藍色のワンピースがゆらゆらとなびいた。ゆっくりと目を閉じて、すぅーと大きく深呼吸をした。

「潮の匂いも悪くないなぁ」遠くから鳶の鳴き声が聞こえてくる。木々が風にゆられる音も聞こえる。崖下から風が吹き上がると、あぶない、あぶないと右足を地に下ろした。麦わら帽子に視線を戻すと、その時、大きな波がきて、麦わら帽子を連れ去ってしまった。

「もう戻らない」と頬を膨らませた。ミキは崖から離れ、石段を一歩一歩をジャンプしながら、ゆっくりと下り始めた。ジャンプしながら下るなか、ミキは、母親に帽子がなくなった理由を考えていた。

「お母さんに怒られちゃうな」
「なんて言い訳しようかな」
「風で飛んでいった」
「鳶に取られた」
「なくした」
「どれももう使えない」
「もう帽子買ってもらえないかな」

なくなった理由が決まらないまま石段を下り切り、そのまま目の前の砂浜に足を踏み入れた。足下に感じる砂の柔らかさがの考えをやめさせた。砂を蹴り上げながら歩いていると、平たい小さな石が目に入った。ミキは石を手に取って「それー」と彼女は海に向かって水切りをはじめた。

石は三回、チャ、チャ、チャ、と跳ねて海の中に沈んだ。ミキは満足そうな笑顔で両手を空に高々とあげた。

「イェーイ」声をあげて再び歩きはじめた。

そんな穏やかな歩みの中で、海はまるでミキに小さな贈り物をするかのように、彼女が失った麦わら帽子を波に乗せて、そっと彼女の目の前まで運んできた。

「戻ってきた」ミキは微笑みを見せた。次の瞬間「もういらない」と静かにつぶやいた。ミキは海に向かって小さく手を振り「それはあなたにあげる」と言った。

麦わら帽子は再び沖へと流され、やがて視界から消えていった。




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