見出し画像

『すべての夜を思いだす』 監督 清原惟さんインタビュー(後半) ーーたとえ自分が覚えていなくても、その記憶が消えてしまうわけじゃない

こんにちは。本日は『すべての夜を思いだす』本作監督、清原惟さんと月永理絵さんのインタビュー対談の後半部分になります。前半はコチラ

インタビュアーは月永理絵さんです。このインタビューは2023年12月1日、渋谷にて行われました。


――女性の生き方としてもそれぞれのバリエーションがあっておもしろいですよね。それぞれのキャラクター設定はどのようにつくりあげていったんでしょうか?

清原:ちょうど脚本を書いていた時期に、私も映画を撮るために自ら仕事を辞めたのですが、ハローワークという空間の不思議さに気付いたり、仕事をしていないことで社会的に自分がどう見られるのかを改めて考えさせられたりしました。そういう経験から知珠さんのキャラクターが生まれてきたように思います。早苗さんに関しては、ガスの検針員の方って意外と日常で目にする機会が多いんですよね。なぜか働いているのは女性の方が多くて、一日中外を歩きながら、ときには家の中や団地の共有部分に立ち入って仕事をしている。外部の人間でありながら若干家の内部に侵食している感じがおもしろいな、と思ってこの職業を描いてみようと思いました。

――冒頭の、ジョンのサンのみなさんが話している場面もおもしろいですね。

清原:あそこは、流れだけ決めておいて、あとはみなさんに自由に話してもらいました。冒頭、早朝の街の風景カットが連続しますが、同じように彼らが集う場面も街の風景の一部として撮りたくて。そもそも彼らに出てほしかった理由は、音楽をひとつの登場人物として映したかったからです。朝、街に集まって練習をしているバンドの人たちがいて、彼らが今も街のどこかで音を鳴らしているかもしれない。そういう時間が続いているような感じで、あのシーンを撮ろうと思ったんです。

――映画には、三人の女性が抱える暗い影がかすかに見えてきますよね。特に夏さんの場合は、死んでしまった友人の記憶に導かれているわけですが、こうした暗い影について、監督は意識して書かれていたんですか?

清原:「死」にまつわることを取り入れたいとは、当初から考えていました。というのも、多摩ニュータウンは基本的に生活に必要な機能がほぼすべて揃った形で開発されているのですが、実は火葬場やセレモニーホールのような、「死」をあつかう場所は都市計画の中に含まれていないからです。そうした施設があるのは、街のなかで何らかの理由から区画整理されずに残った「間(はざま)」のエリア。でもここで亡くなった人たちももちろんいるだろうし、確実に死は存在しているじゃないですか。この一見「死」が排除されたように見える場所で、「死」がどういうふうに取り扱われるのかを描きたいと思ったんです。
 こんなふうに、実際の街から生まれてきた要素はすごく多いと思います。今回は、脚本を書く段階でとにかく街をたくさん歩き回っていて、ほとんど場所の当て書きという感じで書いていきましたから。

――住人の誰かが行方不明になると、街全体にアナウンスが流れるというエピソードも、実際にニュータウンで見聞きしたことから生まれたのですか?

清原:あのアナウンスは、私の地元の街でよく流れていて、それがすごく印象に残ったんです。誰かがいなくなったことを街全体が知っている感覚が不思議だったし、こんなに頻繁に人っていなくなるんだなってことも気になっていました。

――行方不明になった高田さんと早苗さんのやりとりにはドキッとしました。二人は一緒に歩いて同じものを見ているはずなのに、実際に見ている景色は明らかに違っている。それは高田さんが記憶の中の街を見ているからで、そういう人々の記憶の重なりとずれみたいなものが、あのシーンに顕著に出ている気がしました。写真やビデオ映像もいろいろ出てきますが、やはり「記憶」というテーマは、清原監督にとって大事な主題なのでしょうか?

清原:写真や映像って、自分とは別の、外部の記憶装置としてあるんですよね。その一方で、写真や映像が自分の記憶そのものとして存在していることもあるのが、私はずっと面白いなと考えていました。私が小学生くらいのときに、自分が赤ちゃんの頃の写真を見たことがあって、その写真を見ながらあたかも「この頃のことを覚えている」と感じたことがあったんです。それが捏造された記憶だと気付いたのは、それからさらに年月が経ってもう一度同じ写真を見たときのこと。写真を見ながら、実際には知っているはずのない記憶がよみがえってきて、写真によって、自分のもうひとつの記憶が再生されていく瞬間を体験したんです。
 自分自身は忘れてしまったのに、他人の方がよく覚えている、ということもよくありますよね。たとえ自分が覚えていなくても、その記憶が消えてしまうわけじゃない。別の誰かが覚えていたり、写真や映像という装置によって記憶は存在している。そういう感覚が不思議であり、おもしろいなとずっと考えていて。だから自分が映画をつくるときは、記憶に関するいろんなアプローチをしているのかもしれません。

――夏さんが友達と訪ねる博物館も印象的でした。あそこで彼女たちが見るのは、あの場所のさらにもっと昔にあった記憶の連なりみたいなものですよね。

清原:あそこは多摩センター駅の目の前にある、多摩地域で出土したものを中心に置いている東京都埋蔵文化財センターです。映画『平成狸合戦ぽんぽこ』が有名になったこともあり、多摩ニュータウンというと人があまり住んでいなかった森や農村地帯を開発してつくった街というイメージが強いですが、調べていくと、実はもっと昔には人がこの地に住んでいたことがわかって、別に突然現れた街ではないんだと気づきました。まさに、地層みたいなものが積み重なってできた場所なんですよね。

――なるほど、街自体が巨大な記憶装置とも言えますね。清原監督のお話をうかがって、この映画が、空間においても、時間においても無限の広がりを持った映画なのだとよくわかりました。


補足

「ジョンのサン」さんは『すべての夜を思いだす』の音楽を担当、またあるシーンで出演もされています。プロフィールはコチラ↓

2002年に結成し、現在は各地に総勢12人ほどが在籍し、企画ごとで参加者、それぞれの担当楽器などを変えるなどの取り組みをしている。音楽作品は継続的に製作・発表しているが、それ以外の活動では、2021年から作・演出・出演のコントを4公演行い、2022年からは映画音楽も制作、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』などがある。

いかがでしたでしょうか、インタビューを拝読することで鑑賞の補助線が引かれ、より作品を多角的に楽しむことができるかと思います。

あの人が好きそう、という方や、1度鑑賞したという方がいらっしゃいましたら、本作と共に、ぜひコチラのインタビューもおすすめしてみてください✨

\Xでぜひみなさんに情報の共有お願いします/
https://twitter.com/subete_no_yoru


出演:兵藤公美 大場みなみ 見上 愛
遊屋慎太郎 能島瑞穂 内田紅甘 奥野 匡 川隅奈保子 中澤敦子
佐藤 駿 滝口悠生 高山玲子 橋本和加子 山田海人
小池 波 渡辺武彦 林田一高 音道あいり 松本祐華

第26回PFFスカラシップ作品  
製作:矢内 廣、堀 義貴、佐藤直樹 
プロデューサー:天野真弓
ラインプロデューサー:仙田麻子
撮影:飯岡幸子
照明:秋山恵二郎
音響:黄 永昌
美術:井上心平
編集:山崎 梓

音楽:ジョンのサン&ASUNA
ダンス音楽:mado&supertotes、E.S.V
振付:坂藤加菜
写真:黑田菜月
グラフィックデザイン:石塚 俊
制作担当:田中佐知彦 半田雅也
衣裳:田口 慧
ヘアメイク:大宅理絵
助監督:登り山智志

監督応援:太田達成
監督助手:岩﨑敢志
撮影助手:村上拓也
照明助手:平谷里紗
美術助手:庄司桃子
美術助手:岡本まりの
衣裳助手:中村祐実
制作進行:山口真凛
制作応援:小川萌優里
制作デスク:鈴木里実
デジタルマネージメント:望月龍太
ロケーションコーディネーター:柴田孝司
車輛部:多田義行

撮影応援:西村果歩
照明応援:本間真優
美術応援:登り山珠穂
衣裳応援:松岡里菜
メイク応援:桑原里奈
スタジオエンジニア:大野 誠
カラーグレーディングオンライン編集:上野芳弘
オンライン編集:野間 実
デジタルシネママスタリング:深野光洋 高津戸寿和
CG合成:細沼孝之
ポスプロコーディネー:中島 隆
タイトル制作:津田輝王 関口里織


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?