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「Babel」by R.F. Kuang / レビュー

Babel by R.F. Kuang

Babel, Or the Necessity of Violence: An Arcane History of the Oxford Translators' Revolution

by R.F. Kuang

【作品情報】

ジャンル:Young Adult(13~18歳)以上
#ダークアカデミア #マジカルリアリズム #ヒストリカルファンタジー
出版:2022年(Harper Voyager)
受賞:アレックス賞、他

【あらすじ】

1828年、広東に暮らす少年は親を亡くし、大学教授の養子として英国ロンドンに連れてこられた。その少年の名はRobin Swift。本好きの彼が大好きな物語の登場人物たちにちなんで自分で選んだ名前だ。彼は教授の指導の下、オックスフォード大学のRoyal Institute of Translation 通称Babelに入学し、そこで彼と同じように外国から英国にやって来た友人たちと出会い、切磋琢磨しながら国の役に立つ人材になるべく大学卒業に向けて奮闘する。ロンドンでは銀が魔力を持ち、町を動かしていた。電気、下水システム、交通網、通信網、すべてが銀の力に頼っていた。銀は棒のような形状で、両端に同じ意味の単語が異なる言語で書かれている。その単語の両方をネイティブのように発音することで魔法は威力を発揮する。すなわち魔力を発動できる者は、その両端に書かれた言語を母国語のように話せる者(つまり翻訳者か通訳者)のみだ。そのため翻訳者という存在は国から重宝され、誰よりも優先される権力のある存在だった。しかし状況は、Robinが自分とそっくりな男Griffinとの出会うことで一変する。その頃、中国と英国の間に不穏な空気が。中国語通訳として駆り出されたRobinはある事実を知り、翻訳者として英国側に立つことがどういう意味を持つのか、Babelや自分たちの在り方が外国(しいては自分たちの母国)にどんな影響をもたらすのか、権力に抗うために暴力は必要なのか、どう行動すべきなのか、といったさまざまな葛藤に直面していく。


【感想】

これは2022年に出版されてすぐの頃に読んだものです。主人公が翻訳者だなんて、もう読むしかないと思って奮発して購入し、積読せずにすぐに読みました。題名はその名も「バベル」(直訳)。何しろ印象的だったのが副題が長いこと。「Babel, Or the Necessity of Violence: An Arcane History of the Oxford Translators' Revolution」、直訳すると「バベル、または暴力の必要性。オックスフォードの翻訳者たちによる革命の難解な歴史」。主軸のテーマは「大きな流れを変えるために暴力は必要かどうか」ですが、そこに含まれるサブ的なテーマに、人種差別、性差別(特に女性蔑視)、偏見、特権制度、植民地主義、組織的な抑圧(権力)、信頼と裏切り、服従と抵抗などがあり、その権力に対抗するために何をすべきか、何が必要か、しいては「暴力は?」というテーマが複雑に絡み合って1つの流れを作っている、とても秀逸な作品に思いました。物語では人を殺めたりものを破壊したりする行為が暴力として描かれていますが、主人公たちが受けてきた精神的苦痛もある意味暴力によって与えられたもので、本作の「暴力」という言葉の中には物理的な攻撃だけでなく精神的なものや盗みや裏切りなどとも絡ませているのではないかと感じました。とにかくテーマ、重いです。が、その分読み応えたっぷりです。

本は分厚くて大きいし、辞書をちょくちょく引かないと理解できない部分もありましたが、比較的読みやすい文章でした。「Babel」という題名に引けを取らず、翻訳理論を説くシーンもたくさん出てくるので大学の翻訳の授業を一緒になって受けているかのような気分になれます。

共感できる言葉にもたくさん出会えましたし、古典文学も多数引用されていて勉強になり、著者はこういった小難しいことを書くのが上手だなと思いました。著者の他の本は読んだことがないのですが、本作では主人公たちの些細な心情の変化も伝える描写で登場人物のほぼ全員に共感させ、物語に引き込んでくれるので物語を伝える力も高いように感じました。

少年たちは同じ境遇の仲間同士でさまざな困難に遭遇しますが、みんなで支え合いながら、そして時にぶつかり合いながら、お互いを理解し絆を深めていく様が、ほほえましくもあり応援したくもなり、さらにRobinたちの遭遇する人種差別や性差別、好奇心の目、偏見などにもうなるほど共感しました。共感、共感、もう共感しかありませんでした。

海外では「自分はアジア人じゃないからあまり共感できなかった」なんて言ってる人もいましたが、今の時代は自分とは育った環境が違う人やマイノリティの立場を自分事として共感できる力が求められているだけに、そういう人たちは「そりゃ違うよ、君」と突っ込まれていることもありました。特に日本という国は島国で封鎖的なところもあるので、相手の立場に立つということが苦手な国だなと感じることも多々あるのですが、海外でも人間は人間。本質は同じで、共感できるかどうかは意識の問題なんだなと感じました。

この物語の欠点を挙げるとすれば、注目すべきテーマや出来事が多すぎて何がテーマなのか分かりづらいことでしょうか。私もちゃんとレビューをまとめられたとは到底思いませんが、他の人のレビューを読んでいても、どこに焦点を絞るべきか決め切れずあっちこっちに話が飛んでしまったり、何がすごいのかはっきり分からないけど、とにかくすごいよかった、とか、そういう感想が多かったように思います。とにかく一読の価値はあると思いますので気になる方はぜひ。


【心に残った言葉】

すごくいい文章がたくさんあったので全部は載せられませんが、いくつか翻訳に関することで心に残ったものを挙げてみます。

"That's the beauty of learning a new language. It should feel like an enormous undertaking. It ought to intimidate you. It makes you appreciat the complexity of the ones you know already" (p. 26)

新しく言語を学ぶことは途方もない作業であるがゆえに美しいことなんだよ、という話。すごくざっくり言えば「言語学習って大変だよね、でも大変だから楽しいんだよね(だから頑張るんなよ!)」って主人公と一緒になって言われた気がします。

"Translators do not so much deliver a message as they rewrite the original. And herein lies the difficulty - rewriting is still writing, and writing always reflects the author's ideology and biases." (p. 106)

原著の著者の意図を理解したければ原著を読んだほうがいい、の究極の理由はこれだと思った言葉です。「翻訳者は原著のメッセージをリライトしているため、本意を伝えることは難しい。リライト(翻訳)も執筆である。そして執筆は常に著者(翻訳者)のイデオロギーやバイアスが入るものである」という議論。これこそ私のこのページのテーマでもある「原語で読む」ことの意義を言っているので、痛くなるくらい首を縦に振って同意してしまいました。翻訳者によって元の意味が曲げられるのは翻訳言語や翻訳方向がどうあっても同じことなんだな~と。

"Translation can be much harder than original composition in many ways. The poet is free to say whatever he likes, you see - he can choose from any number of linguisitic tricks in the language he's composing in. Word choice, word order, sound - they all matter, and without any one of them the whole thing falls apart. That's why Shelley writes that translating poetry is about as wise as casting a violet into a crucible........ The poet runs untrammelled across the meadow. The translator dances in shackles." (p. 147)

要するに、「原著の著者は自由に草原を駆け抜けるように文章をつむげるけど、翻訳者は足輪をはめながら走っているようなものだ」、ということ。著者には無数の選択肢があり、翻訳者は与えられた選択肢から選ぶしかない。すばらしい表現ではないでしょうか。拍手喝采です。

"Schleiemacher argued that translation should be sufficiently unnatural that they clearly present themselves as foreign texts. He argued there were two options: either the translator leaves the author in peace and moves the reader towards him; or he leaves the reader inpeace and moves the author towards him. " (152)

Schleiermacherの「翻訳の文章というのは外国語の文章として十分に不自然であるべきだ」という議論。原著著者の意図に読み手を持っていくか(不自然でも忠実にするか)、著者の意図を読み手側に持っていくか(忠実じゃなくても読み手の言語において自然な訳とするか)、という究極の選択を翻訳者は常に突きつけられていて、Schleiermacherは前者を提唱しているという話。

いろんなことを考えさせられ、学ばせてくれて、ドキドキワクワクさせてくれて、悲しくなりながら心温まることもあり、とっても面白い作品だと思いました。外国語に興味があるすべての人におすすめな作品です。


【訳書情報】

日本語版なし(2023年現在)

#洋書

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