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短編:【ムショクトウメイ】

「仕方ないじゃないか、辛気臭いね〜」
「いやでもさ〜」
「デモもテロもないさ、会社の方針だろ?」
「このタイミングで無職なんて…ここにも呑みに来れなくなるよ…」

私には嬉しいこと、悔しいこと、とにかくお酒が呑みたくなると訪れるスナックがあって、そこの人間味あふれるママさんに、なんだかんだと喋っているうちに気持ちも軽くなったものだった。
「あれですよ、もしいま犯罪を犯して逮捕されてニュースになった時に、目つきの悪い瞬間でストップされて“無職の”ダレソレって書かれるヤツですよ…」
「なんだよ犯罪でも起こす予定があるのか?」
「そんなのは無いけど…」
「そんな根性も無いか…は〜無職ね〜。イイんじゃないの、無職透明。プロポーズのアナタ色に染めてくださいみたいでマッサラな感じがして」
「無職透明って…職が無いのと色が無いのは大違いだし。それに白無垢はそもそも白だから染まるけれど、色が無いのはそもそも存在しないってことで…」
「あ〜能書きばっかり!そうやって屁理屈っぽいからクビになるのよ!はい乾〜杯〜!」

スナックだとある程度食事が食べられて、そこそこお酒を呑んでも良心的なお店が多い。ただ大抵のお店のママさんは口が悪く、ズケズケと人の心情に入り込んでくる。
「無色透明。無味無臭。人の噂に戸は建てられないって…なんか生きづらい時代ですね…」
「そう、姿が見えない人間によって誹謗中傷されたり、有る事無い事揶揄されてね。アンタはまだ、人畜無害で可愛げのある器用貧乏だから、次の職もすぐ見つかるさ」
ママのそんな何気ない言葉が救いとなる。

「まあ、頑張っている人間に頑張れって言うのはイケナイらしいし。無職になってしばらく来られないかも知れないから…」
ママは自分のグラスに口をつけて唇を湿らせてから、気持ちを切り替えるように語り出す。
「この店もね、もう年内一杯で閉めることにしたんだ…」
「え!?」
「こう物価も高くて、店の維持費も大変だし。客も減ったしね〜」
言葉が出なかった。このワンプレートに出ている食事に目を向けて、これら一品一品をキッチンで作っているママの姿が脳裏に映る。
「それにね。田舎帰ろうと思って…もうこっちでやり残したことはないし。いまはもう何と戦っているのかわからないからさ…」
「そうなんだ…」
いつも愚痴を聞いてくれるママが、逆に弱音を吐くのは意外だった。しかし本音なのだろう。

「まだ年内だったら、再就職して顔を出しに来られるかも知れないし…」
「アンタはイイ人過ぎるんだよね。ひとりでこんなおばちゃんの店に通ってくれてさ…ありがとね」
「ママの料理は美味しいし、安いし、愚痴も聞いてもらえるし…」
「安いから、経営が大変なのよ!」
ガハハと笑って見せる。込み上げてくるモノがあり、言葉が続かなかった。

しばらく沈黙のあと、カランコロンとドアの鈴が鳴った。
「いらっしゃい〜」
「ひとり…」
年配の常連さんが顔を出し、カウンターの奥に座る。
「あ、さっきの話、まだあまりお客さんには言ってないから…」
ママは静かに口の前に人差し指を立てて私に小声で言った。

常連客と話をしていながら、私のプレートのマカロニサラダがなくなると、足してくれる。
「水割りはセルフでね!」
ひとりで切り盛りをしながら、お客の様子も見つつ、自分もお酒を呑みながら、会話を楽しんでいる。キープしているマイボトルのお酒も無くなりそうで、でも次にいつ来られるかもわからない。一期一会。ひょっとしたら、今日この夜が、このお店に来る最後なのかも知れない。
自分のグラスに薄い薄い水割りを作る。
「無色透明…」
グラスを照明に当てた時に、何の色も付いていないその液体を眺めながら、つい先程の会話を思い出す。
「アンタ呑んでる?」
ママがお店のハウスボトルから、私のグラスにお酒を注いでくれる。その液体が薄い琥珀色になり、ゆっくりと輝き出す。
「まだまだ、これからこれから!」
その言葉が、今晩の話なのか、今後の人生についてなのかは分からなかったが、笑顔になる。
「ママのマカロニサラダ好きだよ」
「嬉しいこと言うね!まだおかわりあるからね!」
無職じゃない時から私は透明だったのではないか。
「あとマイボトル…もう1本…」
「イイよ。無職の人からお金取れないから。次に来た時に入れて」
「でも、次に来る約束として…」
「大丈夫。空になってもこのボトルはまだ取って置くから。ね…」
液体の入っていない透明なボトルに、薄暗い暖色の照明が反射して光る。

「それにね…」
小さな声で他の常連客に聞こえない声でボソリと言う。
「店のハウスボトルのお酒はあまり来ない客が置いて行った、いつ来るかわからないキープボトルから移し替えて頂いているわけ。ほら一年とか半年とか、たまたま出張で立ち寄る人もいるでしょ。また来てくれるかなと思い出しながら無くなるまで。案外そうすると顔を出してね、また新しいボトル入れてくれてさ…今度なんて、誰もわからないのにね…」

世の中多くの人間関係において、実際は人のことなど何も見えていないのかも知れない。人生の中で出会う学生時代の友達、バイトの仲間、会社の人、引っ越した先で知り合うご近所さん、そしてスナックのママさん、常連さん…

すべての人にとって、私は透明であり、どんどん入れ替わる通りすがりの隣人、微かな存在。
そこにほんの少し琥珀色の思い出として色がつく。

私の人生が何色なのかはまだわからない。
少なくとも人生がバラ色だと言える自信は私には無い。

     「つづく」 作:スエナガ

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