『この外来種、実は毒性が強く…』
『え！近所の公園でも良く見かけますよね！？』
『いやあ子どもが間違って触っちゃうと…』

昨日まで美しいとされた花が、闇へと落ちた、または落とされた。

朝のテレビ情報バラエティが５分も時間を割いて紹介した。理由は単純で、めぼしい芸能・スポーツの話題がなかったからだ。
１０年以上前から各地の役所などで警鐘を鳴らし、ネットSNSの動画で度々アップされる身近な危険、季節の花。放送時間を埋めるため、このテーマに白羽の矢を立てた。

一気にトレンド入り、時の花である。

『ケシ科の一年草で、虞美人草とも呼ばれるそうで…』
『グビジンソウ…何とも儚く、気品があって美しい花なのに毒ですか…』
『“美しい花には毒がある”、なんて言ったらコンプラ違反ですかね？』
『それを言うなら、“キレイな薔薇にはトゲがある”、じゃないですか！？アナタもコメンテーターなら正しい日本語を…』
『その発言は職業差別、人種差別にも繋がりますぞ！今どきはジェンダーレスで日本語圏外の方もコメンテーターには多く…』
久々のゆるい話題にスタジオのトークは明後日の方向へ進む。

とっ散らかる場を番組MCが引き戻す。その花に触れるとどうなるのか？
『手がかぶれる。誤って口に入れてしまう恐れも…』
『ケシと言えば、かつてはアヘンなどの材料としても有名でしたけど…』
『学術的に言えば、ヒナゲシに麻薬成分は含まれていませんが…』

繁殖力が強く広く分布することから、各自治体には見かけたら駆除をお願いしたいが、毒性があるので、くれぐれも注意して欲しいとフワッとした自主性に委ねる締めくくりとなっていた。断片的に飛びつきそうなキーワードが散りばめられ、瞬間的には盛り上がった。

たぶん、この手の話題はすぐに忘れ去られる。

そう思われた花の名は、思いも寄らない展開をみせた。

『容疑者は、テレビで見た毒性の強いとされるその花を擦り潰して、食事に混ぜたことを示唆しており…』
殺人未遂事件が起きた。再び、その花の名を目にすることが増えた。

『各自治体も速やかに駆除した方が良いですね』
『外来種で、本来我が国には生えていなかった植物で…』
『そこら辺の公園や土手に毒の花が咲いているようなことでしょ！？こうしたニュースが流れると、模倣犯が増えるんじゃないですか！？』

最初は触る危険性を伝えた。それは『迂闊に触らないことへの警告』だった。天敵のいない植物は、瞬く間に繁殖を拡げた。市民からの苦情で動き出した役所は、大量の農薬を散布した。

結果、別の苦言を多くもらうことなった。

『農薬散布で周辺住民が洗濯を干せないそうなんです！』
『いや、あくまでも毒性の強い、あの花を駆除して欲しいんですよ、周辺のキレイな植物まで枯れてしまって、ちょっと悲しいですよね…』
『その花を食した場合の毒性に関しても、もう一度しっかり調べておく必要があるでしょうね。本当に花由来の毒性なのか、なにかと混ぜることで発生するのか、わからないでしょう！？』

少し前に発生した健康食品の体調被害に関しても、その会社の組織体制、材料・成分ばかりに注目が集まった。その実、設備の清掃の徹底、管理体制の不備によって微生物が発生し、体内に影響を及ぼす成分が製品に混入した疑いが出た。ところがマスコミや国民の反応は違っていた。その制度を認めた政府、政治に矛先を向けた。つまり真実に興味のない人々は、攻撃できる対象をみつけ、正義の声をあげる。

動物愛護の精神と同様に、植物にも生きる権利がある。まことしやかに声が拡がった。
『ヒナゲシの花言葉は“心の平穏・いたわり・思いやり”』
一方で
『別れの悲しみ・慰め』
『花にだって生きる権利があります！』
『偽善だよ！街に毒が溢れる方が問題だろう！』
マスコミはしばらく続編を報道した。事件の詳細ではなく、騒動の行く末を。

三年後。住宅街の片隅。

「あら、キレイなオレンジ色のお花ね…」
「どこかから種が飛んで来たみたいなの」
「そう言えば…ちょっと前にオレンジ色の花で事件あったじゃない？」
「あったわね…あれ、あのお花…なんて名前だったかしら？」
「花の名前なんて覚えてないわよ…ふふ、キレイな花には毒があるって…」
「毒のある花…めっきり最近は聞かないわね…」

誰もが花の名前なんてどうでも良い。
ただ自分の心のスキマを埋める、“話の種”があれば、それでいい。

「自治体が駆除したんじゃないかしら？」
「花の命も、人の噂も、短いですものね…ふふふ」

　　　　　「つづく」　作：スエナガ

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