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短編:【不甲斐ない】

市長が辞職した。
彼の口癖は『不甲斐ない』だった。

『いや〜ホント、不甲斐ない!私が不甲斐ないばっかりにこんな事態に…』

「ねぇこの市長さ、ずっと謝ってないよね…」
姉ちゃんがリビングでポテチを食べながらテレビにボヤいている。
「“不甲斐ない”って言ってるよ?」
僕は冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎながら応える。
「違うんだよ、不甲斐ないって、情けないとか、意気地ないって意味なんだよ」
「あ〜、そうなんだ」
「“不甲斐なくて申し訳ない”、だったら謝罪になるんだけど、“私が情けなくてね”、って言ってるだけで、なんか舌を出してヘラヘラしてる感じ?」
姉ちゃんも、キッチンに来て冷蔵庫から牛乳を取り出す。

「いるよね、ちゃんと謝らない人」
コップに入れた牛乳を一気に飲み干しながら、姉ちゃんが続ける。
「不甲斐ない!この国のエライさんは不甲斐ない!」
僕は笑ってしまう。
「それは意気地がないって意味?情けないってこと?」
「不甲斐ないは、不甲斐ないよ!」

『不甲斐ない!ほんとに不甲斐ない!』

何度も連呼される映像。
「なんで謝らないんだろう?」
「たぶんさ、心の中では悪いと思ってないんだよ」
「悪いと思っていない?」
「不甲斐ないって言って許されてきたんじゃない?全部自分のせいです!ってアピールで」
「本当だったら、全部自分のせいです、ゴメンナサイって続くんじゃないの?」
「だからよ!口癖になってるのよ!不甲斐ない不甲斐ないって連呼してたら、なんとなく謝っているような気がするけれど、実際悪いと思っていないから謝罪の言葉は出てこない!」
「コワ!」

姉ちゃんはもう一度牛乳を注ぎ、リビングへ。
「記憶にございません、って魔法の言葉で開き直るより、不甲斐ないと自分を責める方が、印象として良さそうだけど、やってることは一緒だからね!誠に申し訳…ゴニョゴニョって言ってる…みたいな…」
「不甲斐ない!って開き直ってるもんね、ヘラヘラ笑いながら…」
「タチ悪いよね、政治家って」
「市長も政治家なんだっけ?」
「市政を司る人たちだから、政治家でしょ?」
「そっか、そんなことも知らず、ホント不甲斐ない!」
「変だよね、“そんなことも知らずに意気地なし”って?」
「いやそこは、“そんなことも知らずに情けない”でしょ?」
ポテチ袋の底にたまった最後のカスを、指に付けてナメている。

「かたじけない!」
「え?なに?」
姉ちゃんは僕の方に空のカップを出している。
「牛乳。おかわり」
「はいはい…」
「かたじけない!」
「“かたじけない”と“かたづけない”って似てるよね」
「不甲斐なくて、かたじけない!」
「姉ちゃん、なんか楽しくなっちゃってるでしょ?」
「不甲斐なくて、かたじけない!」
「情けなくて申し訳ない、ってことね」
「かたじけない!」
牛乳を手渡すと姉が一言。スマホいじっている。
「あ、不甲斐ないって、他にも“だらしない”とか“しまりがない”って意味もあるらしいよ」
「だらしなくて申し訳ない、ってことだ」
「だらしなくて、“かたづけない”…」
「それはダメ!」

日本語の奥深さに笑ってしまう姉弟だった。

     「つづく」 作:スエナガ

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