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短編:【最初から結論ありき】

「そのお話…、エビデンスは何ですか?」
「エビデンス?」
「根拠です!」
「いやいや、意味はわかっていますよ。エビデンス、なんて…ありません」
立派な応接ソファーに座った男性は静かに足を組む。

「いいですか?…そもそも人類は朝と夕方二食で暮らす生き物でした。それをトースターを考えた偉い発明家さんの思案で、朝昼晩の三食にすることで、トースターも売れて、パン屋も儲かった」
「ああ、まあ、有名なお話ですよね」
「土用の丑の日。夏場にウナギ。これだって、そもそも冬場に脂の乗るウナギをわざわざ、夏の名物に仕立て上げた。これらすべて、…結論のために後付した理屈を拡めたに過ぎない!」

足を組んだ男性がポケットから電子タバコを取り出し、口に付ける。部屋中に独特な匂いが拡がる。
「それとこの計画がどんな関係があるんです?」
「国民を半分にする!これまで働き手を増やして税収を挙げるという目標のために、長いこと少子化対策にチカラを注いで来たのだが、…よくよく考えたら人数が少なければ、使う公的資金も少なくて済む…」
「いや、ですから総理!その根拠です!」
総理と呼ばれるその男性は、ゆっくりと足を組み替え、電子タバコを吸い込む。

「だから!いま求められているのは逆転の発想ですよ!その理屈を構築するんです。国民が半分になった方が、使うお金が少なくなり、徴収する税金も少なくなる!そんな、…そういった屁理屈を!」
「…そんな無茶苦茶な!」
電子タバコの匂いが鼻腔に触れたからなのか、気分の悪い吐き気が襲う。

「高々キッチン家電ひとつ発明しただけで、人類の食習慣まで変えた偉人がいるんですよ。違う側面を見せることで、季節感すら逆転できた過去もある…」
「それとこれとは…」
「何も違いませんよ!…最初から結論ありきです!」
「結論…ありき…」
「根拠なんて、単なるこじつけです。違和感のない、実に耳馴染みの良い屁理屈さえ浸透させれば、…国民だった納得しますよ」
使えない、いらない人間を選定し、間引いていく。無理な少子化対策など撤退し、必要のない税金投入をやめる。

国民を半分にする。税金が少なくなる。

そのふざけた政策は、デッチアゲの根拠によって秘密裏に進められた。
『使う公費が少なくなれば、集める税金も少なくて済むんです!』
『自分の将来のために子供を増やす!いまの時代!そんな非人道的な考えは、そぐわない!そう思いませんか!?』
『犯罪者、引き籠もり、寝たきりの後期高齢者…こうした命を生かすためにどれだけの税金を使っているのか!おかしいと思いませんか!』
口々にチグハグな話をする選挙カー。ヘッドフォンで外部の雑音を聴かない若者。自分の生活しか考えない大人達。

『なぜこれまで、国民を増やすことで働き手を確保し、税収入を保持しようとして来たのか!そんな前時代的な政治を行って来た政権に、いまこそ制裁を!』
テレビの政治アナリストが声を上げる。子供を増やせという声が下火になり、税金が安くなった国民の多くが、この考え方に甘んじる。
『総理!人権を無視した強引さ!画期的と揶揄される、この政策で挙げられたエビデンスですが…』
国会で違和感を唱える政治家が現れる。
『しかしながら、結果、国民の幸せ度は格段に上がった。そんなエビデンスなどどうでも良い。結果がすべて!勝てば官軍ですよ!』

その後10年で、街の治安もシステムも崩壊する。そして30年で国自体が機能を成さなくなった。
「ハハ…将来のことなど関係ない。どの道、私はもう何十年も生きられる訳ではないのだから…」
その考えが、最初からあった結論なのだ。

     「つづく」 作:スエナガ

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