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答え合わせのシフォンケーキ

「ね、産んでよかったでしょ」

私が差し入れたシフォンケーキを食べながら、母は自分の姉妹たちにそう言った。
遠くに引っ越した高齢の伯母が久しぶりに帰ってきたから集まっているというので会いに行ったその日は、ちょうど母の日だった。

「おばちゃん達みんなに育ててもらったからだよ。私にはお母さんがいっぱいいるね。」

父が亡くなったのは私が2歳半、妹が生後3か月の時だった。母方の親戚は皆、父親のいない私を何かにつけて助けてくれた。

たかがケーキ一つで、「産んでよかった」だなんて、今までどんな親不孝をしてきたのかと自分の胸に手を当ててみる。
確かに昭和のシングルマザーは大変な苦労だったことだろう。母の持ちうる時間とお金と心身のほぼ全ては私と妹に捧げられてきた。存在自体が親不孝だったのではないか、産まなきゃよかったと思ってた時期もあったのかな。

「ね、産んでよかったでしょ」私以外の人に向けて発せられたその言葉には、わずかに含まれる苦みがある。

その前後につく言葉は何だろう。実際、母はこう続けた。
「いろいろ言われたけど。」

伯母たちは「うまい、うまい」と言って何の変哲もない普通のシフォンケーキを食べた。「ほんとだな、娘がいてよかったな」

喉がきゅーっと詰まってケーキで窒息しそうになったので、慌てて紅茶で流し込んだ。

―ほら言わんこっちゃない。だからあの時反対したんだ。自業自得だ。
そんな陰口が囁かれてもおかしくはない状況だったと思う。

私が生まれる前のことや、父が亡くなった時のことはあまり知らない。
子どもの頃「お母さんの結婚写真見せて」と言ったら結婚式はしていないと言った。クリスマスが結婚記念日だなんて嘘っぽいなと思った。父と母が、実は結婚していなかったのだと知ったのは随分あとの事だった。もしかしたら父が亡くなったというのも嘘で、今もどこかで生きていたとしたら・・・とドラマみたいな妄想をした。


自分で選んだ道がちょっと人とは違っていて、親兄弟に反対されても聞く耳を持たず、案の定大変な状況になり、それでも全く後悔しなかったと言ったら嘘になるだろう。 

しあわせ? ふしあわせ? 私を産んでよかった?
母にそんなことを聞く勇気はなかった。


人生の答え合わせは、半世紀後だった。
結果正解だった、というか自分で正解に持っていった母。

「私、みんなに言われるの。娘さんがいていいね~って。」

どうだ見たかと言わんばかりに、母は得意げに顎を上げて笑った。


答えがすでにある問いなんかに用などはない

RADWIMPS - 正解


おやすみなさい。

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